珍しく熱く語ってる。こんなの初めてだ。この人、トロ臭くてドジで、バカな人だとずっと思ってたけど、熱い気持ちを持ってたんだな。知らなかった。俺が上っ面で付き合ってたから、この人の内面まで気付かなかったんだろうか。悪いことしてた。「ウマい」を言ってはいけない理由も、なんとなく分かった気がする。
「味は気持ちで受け取れってことですか?」
「お、いいこと言うじゃねえか。まあそんなとこだ。言葉より語るものがあるってとこか」
「ハハ、格好いいですね」
この人を初めて格好いいと思った。俺はいい先輩を持ったのかも知れないな。感謝しなきゃ。
そんなことを話していると、ようやくラーメンが運ばれてきた。さっきまでは帰りの電車の時間が気になってたけど、もうそんなのはどうでもいいや。
「お、来た来た。腹減ったな」
「はい、腹減りました」
本当に腹減った。婆さんが持ってきたラーメンは、シンプルなしょう油ラーメン。ナルトとメンマ、チャーシューが1枚入った、昔懐かしいラーメンだ。
「頂きます」
そして食べることに。まずはスープに口をつけ「!?」。続いて麺を一口「!?」。先輩を見ると、実にウマそうに食ってる。あんなに熱く語っていただけのことはある。ラーメンに絶大なる信頼を寄せ、身体を預けるようにして食らいついているのだ。だが先輩、申し訳ない。俺は心でこう叫ばずにはいられないぞ。マズイ! マズすぎる! 今までの人生で食べてきた、どのラーメンよりも明らかにマズイ! 味がしねえ! 麺がのびてる! スープがぬるい! 心通う会話をしたばかりだが、先輩大変申し訳ない、俺たちの熱い語らいは一瞬で終わった。
「マズイ!! マズすぎる! どう作ってもこんなにマズくは作れねえだろ! 普通」
そう絶叫してしまった。これは、きっと怒られる。そう思って俺は身構えた。ところが、まったく俺のことを気にせず、ラーメンを食い続けている。
「お前、それで俺が驚くと思ったんだろ?」
「え、ええ……。怒られるのかなと」
「俺、一言もここのラーメンを「おいしい」とは言ってないぞ」
「そうですけど。でも、まずくないですか?」
「まずいよ」
「え! そうなんですか。とてもおいしそうに食べてるように見えるんですけど」
先輩は汗だくで麺をすすり、スープを飲み、そして一気にすべてを平らげた。
「早く食っちゃいたかったんだよ。お前にはおいしそうに見えたのかも知れないが、俺もおいしいとは思ってない」
「じゃあ、何でそんなに一生懸命食べてるんですか?」
「実は丼の底に、ホレ」
そう言って、空になった丼を見せた。そこには、『原点回帰』という文言が書かれている。
「婆さんはその時々の客の様子を見て、その人にあった言葉を届けてくれるんだよ。どうだ、すごいだろ?」
どうやらこのサプライズを体感させたかったようだ。だが、もう一口も食べる気がない。
「さっき先輩は『言葉よりも語るもの』って言ったクセに、言葉じゃないですか。帰ります。ご馳走様でした」
引き止める先輩を置き去りにして店を出た。
「バカバカしい。30年間ラーメンだけで勝負してねえし。味で勝負しろよ」
後日談ではあるが、俺の丼には「素直になれ」と書かれていたそうだ。大きなお世話だ、ババア。
執筆・イラスト:佐藤英典
Photo:Rocketnews24