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かつて海底炭鉱として栄えた、長崎県長崎市の端島(はしま)。ここは外観が軍艦「土佐」に似ていることから、「軍艦島」と呼ばれています。

廃墟であることは世界的に知られているものの、その島の状況を知る人は多くありません。ロケットニュース24取材班は、この島の潜入取材を行いました。かすかに残された人々が生きた証を、お伝えしたいと思います。

・他の廃墟ともっとも異なる点
廃墟といわれる場所は、世界中に無数に存在します。しかしこの島は、他の場所ともっとも異なる点をひとつ有しています。それは、「生活の痕跡」がほとんど見当たらないことです。最盛期には5259人いたという住民は、1974年の炭鉱閉山で島を離れました。以来、約40年間無人島と化していたのです。誰も踏み入る者がいない場所として、長年の風雨にさらされて朽ちていきました。

・緑なき島
島はもともと小さな瀬でした。それを6回の埋め立てで拡張し、現在の大きさになったそうです。したがって人工の島といっても過言ではないでしょう。島には緑がほとんどなく、住民がいたころが屋上菜園で花や野菜を育てていたそうです。現在も木々はわずか。トンビやカモメが島の周囲を飛んでいる以外、動物もいません。

・怖くも寂しくもない
今回ソニーのRCヘリによる空撮に同行した取材班は、夜明け前に島に上陸しました。島に上がると辺りは真っ暗。暗闇のなか、崩れかかった建物だけがそこにあります。しかし取り立てて怖いということはありません。おそらく、生き物の気配が島のどこからも感じられないため、恐怖を感じなかったのではないでしょうか。また、生活の痕跡は跡形もなく消え去っています。ここに人がいたと想像することさえも難しく、寂しさもわいてきません。

・世界から切り離された廃墟
島にいると、自分がまるで物語の世界に入り込んだような感慨におそわれます。あらゆる世の中のつながりと切り離されて、どこでもない場所にたどり着いたような気さえします。この廃墟がもしも陸続きの場所にあったなら、小動物の住処になったり木々に覆われて鬱蒼とした森になっていたのかもしれません。しかしここは島。しかも人の手で造られたものです。無人島になってからというもの、島は世界から切り離されてしまったのです。

・人の生きた証
あらゆる生命の営み、そして世界から隔絶した特異な場所で、かすかに残る人が生きた証を見つけました。それは子ども用のグローブと、コンクリートに残った子どもの足跡です。この島で子どもたちは何を夢見て、毎日を送っていたのでしょうか。そして彼らはどんな思いで、育った島を後にしたのでしょう。彼らが存命なら、今の軍艦島をどう思って見るのでしょうか。

生命が感じられなかった島で、見つけた小さな証はとても生々しく、「ここに人がいた」と強く訴えているようにも感じられたのです。

今回ソニーが撮影した映像から、島の様子を感じ取ることができます。壊れ行く建物の姿は、とてもはかない。しかしどこか美しくも見えます。きっとこの映像を通して、あなた自身も懐かしい記憶がよみがえることでしょう。

Photo:Rocketnews24
参照元:ソニーアクションカム



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▼ コンクリートに残った子どもの足跡gunkan42

▼ 置き去りにされた子ども用のグローブgunkan43

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