ベトナム南部の片田舎に、世界一汚いキーボードを使いこなす謎のウェブ・デザイナーがいるという──。しかもその男、我が同胞の日本人だそうな。
そんな話を聞いては居ても立ってもいられず、向かったのはベトナム南部の大都市・ホーチミン市。ここで情報をくれた在住者と合流、件の男が住むという寂れた村までレンタル・バイクで数時間の小旅行……。
幹線道路をひた走り、土埃の舞うデコボコのあぜ道を、右に左に曲がりくねったどん詰まりに、謎の男・井上さん(仮名)の暮らす家があった。
物珍しそうに私たちをとりまく近隣の農民たちに引きつった笑顔を振りまき、トタンの門を叩く。と、グラサン姿の井上さんが登場。彼はアジア各国を放浪しながらここに流れ着き、村で唯一の光ケーブルを引いて、日夜、ウェブデザインで収入を得る今流行りのノマドワーカー(?)なのであった。
井上さんのアトリエは、猫の毛と埃とタバコの灰にまみれていた……。
私も仕事柄、汚い部屋は見慣れているが、ここまですごいのは久しぶり。ベッドの上には猫のトイレが設置され、その真横で寝起きするという井上さんは無類の猫好き。
猫は好きでも掃除は嫌い。ヘビースモーカーの井上さんが愛用するキーボードは、猫の毛と埃とタバコの灰でキートップが厚く覆われ、まるで遺跡から発掘された出土品のような、歴史の重みすら感じる迫力を醸しだしていた。
エアコンはなく、数台の扇風機でマシンを冷却。そのたびに埃や吸い殻や猫の毛が部屋中に舞い上がるため、掃除をしても意味がないらしい。私はなるほどと頷くほかなかった。
ほぼ無菌状態の世界で暮らす我々には想像もつかない、ある意味、極限の環境で日々の仕事をこなす井上さん。日本人の弱体化が叫ばれる今、私は彼の勇姿に何とも言えぬ頼もしさを感じるのでありました。
(取材・文=クーロン黒沢)
▼こちらは海外で有名な「汚いキーボード現チャンピオン」の画像
▼ベトナムの某農村地帯に、井上さんのアトリエがある
▼井上さんのPCルーム
▼井上さんのメイン作業スペース。灰皿で溶けているのは停電用のローソク
▼井上さんのキーボード。流石の私もびっくりしました
▼ハードディスクにクモの巣が……。意外と丈夫なんですね