私(耕平)は思い立ったらすぐ行動するタイプだが、その代わり事前の下調べがいつも足りない。先日、人生で初めて香川県の金刀比羅宮(ことひらぐう)、通称「こんぴらさん」を訪れたときもそうだった。

参道に立った時の第一印象は「江ノ島や京都の清水寺に似た感じだな」くらいのもの。ところが、御本宮までの石段は785段あるという。まあ、登ってみるしかないだろう。その軽い気持ちが、のちの大後悔につながることになる……しかも、その日の気温は35度を超えていた。

そして入口には、なぜか杖がズラリと並んでいたのである。これ、何の意味があるんだ? それに気づいたのは、瀕死になりながらこの場に戻ってきたときだった──。

・入口の杖の謎

到着したのはJR琴平駅。白壁に黒い柱の洋風木造駅舎で、切妻の壁には丸に「金」の紋が3つ掲げられている。


駅から歩くこと約8分、「こんぴら表参道」の入口に辿り着く。


ちなみにここは屋根付きのアーケードではなく、石畳の広い歩行者道だ。両側には土産物屋や老舗旅館が並び、「こんぴら名物 名代 灸まん 本舗石段や」の黄色い大看板や、「讃岐 うどん屋発祥の地 こんぴら」ののぼりが目に入る。天然温泉の無料足湯まであった。


この時点では、私はまだ完全に観光気分だった。そして表参道の入口で足が止まった。素焼きの大甕やポリバケツに、竹や木の杖が十数本ぶっ刺さっている。看板にはこう書かれていた。


「ご利益杖レンタル 一本100円」


そばには赤いポスト型の料金箱が2つ。「赤いポストに入れてください」とある。要するに、100円で杖を貸してくれるということらしい。

「いや、むしろ邪魔だろう……」そう思って、さほど気に留めることもなく、炎天下の中、御本宮までの785段に挑戦開始だ!


実際、最初の数十段は本当に楽勝だった。石段の両脇に店が続くので、商店街を歩いている感覚とほとんど変わらない。参拝客も多く、みんな涼しい顔で登っていく。下を振り返ると、すでに琴平の街が一望できる。


最初の関門が大門である。境内の案内図によると、この大門でようやく365段目らしい。


門をくぐると空気が変わり、そこからは桜馬場の石鳥居、銅鳥居と続く。途中にはなぜかアフリカ象の銅像まで奉納されていた。


こんぴらさんは海の神様として知られるが、道中の情報量が想像以上に多い。



・あと133段の壁

ところが、である。このあたりから、じわじわと様子がおかしくなってきた。


汗が止まらない……


持参していたフェイスペーパーが、絞れるくらいビショビショになっている。石段は場所によって1段が高く、日陰のない直線区間もある。気温35度超えの中、心拍数だけがぐんぐん上がっていく。


本当に辿り着けるのか?


不思議なのは周りである。日傘をさした参拝客、子ども連れのファミリー、年配の方が、比較的涼しい顔つきで登ったり下ったりしているのだ。杖を持った小さな子どもまでいる。極度に息を切らしているのは、どう見ても私だけだった。


途中の大きな看板には「熱中症予防・対策の為、エアコンの効いている休憩所を一時開放しております」の文字。緑黛殿(りょくたいでん)という待合所を開けてくれているらしい。

杖といい休憩所といい、こんぴらさんは登る人の限界をよく分かっている。私も日陰を見つけては足を止め、水分を流し込んでは再び登るというサイクルを繰り返した。


道中には重要文化財の旭社(あさひしゃ)もある。二層の銅瓦葺きで、緑青色の屋根がどっしりと構えていて美しい。


ここには、広い休憩スペースもある。


もうだいぶ登った。さすがにここがゴールか……と思ったら、まだ先があった。


そして息も絶え絶えの私の前に、金色の細長い立て札が現れる。青い筆文字でこう書かれていた。


「あと少し。御本宮まで133段! 登って幸せ。福が来る!」


あと133段。数字だけ見れば余裕である。だが目の前の石段を見上げて絶句した。


角度がハンパない。


ほぼ壁のように見える石段が、上へ上へと折り重なっている。最後の最後にこれを持ってくるのか、こんぴらさんよ……覚悟を決めて最後の力を振り絞って、気合いで一気に駆け上がっていった。



・海抜251mの眺め

そして785段目、御本宮に到着!


体力を絞り切ったせいか、後光が差しているように見えた。そして振り返って、思わず声が出る。


絶景!


讃岐平野の町並みと田畑が一望でき、遠くには円錐形の山がいくつも連なっている。真夏の青空に白い積雲。ここまでの汗が全部回収されるような眺めだった。

御本宮前の広場も、想像していた「山頂」とはだいぶ違った。「金」マークの入った白い大型テントが張られ、支柱に沿って青いミスト用のホースが這っている。これが途中で案内があった、ミスト完備の休憩スポットなのだろう。


売店では「御神札(ごしんふだ)」や、いろんな種類のお守りなどが販売されている。


ふと気になった。ここで働いている人たちは、もしかしたら毎日この785段を登ってきているのだろうか? 聞いてみればよかったのだが、その時の私は自分の呼吸を整えるので精一杯だった。


そして、下山開始。


下りは登りに比べれば、いくらか楽だった。ただ最後のほうは水分を補給しないとキツかったし、膝も笑っていた。手すりのない石段を一段ずつ慎重に下りながら、私は入口の看板をようやく思い出す。あそこには、もう一行、こう書いてあったのだ。


「手すりが無い為、杖があると石段の上り下りが安全です」


なるほど、そういうことか。大げさどころか、あれは完全に正解だった。100円をケチっている場合ではまったくなかったのである。

何とかこんぴらさんを制覇し、こんぴら表参道を抜けたあたりでのこと。木枠の「こんぴら 観光案内図」があったので、自分の成果を振り返るように見ていた。


すると、衝撃の事実が! 


えっ? 本宮の先が、まだあったの??


参道の線をたどると御本宮、その上に白峰神社、そしてはるか上方に単独で描かれた文字が見えた。「奥社 厳魂神社」。

公式サイトによると、御本宮が785段目なのに対し、奥社は1368段目。つまり、あそこからさらに583段も上である。衝撃の事実だが、たとえ知っていたとしてもチャレンジはできなかっただろう。次は涼しい季節に、ちゃんと杖を借りてから奥社を目指したいと思った次第だ。

参考リンク:金刀比羅宮
執筆:耕平
Photo:RocketNews24.

▼境内には巨大な樟の大木も。見上げるだけで少しだけ涼しくなれるぞ