2026年3月現在、アニメ第3期が放送中の『推しの子』。マンガでも話題になった作品だけに、私(中澤)は今アニメ放送されている部分を原作ですでに読んでいるんだけど、やっぱり改めて見ても惹き込まれるストーリーだ。原作に夢中だった3年前みたいに楽しめている。ここまでは。

そう、原作でもここまでは夢中だった。でも、私はこの後、熱が一気に冷めて読むのを止めた。その境界となった話がアニメで言うと3期32話。3月4日に放送&配信された『計画』のエピソードである。この回がどんな話かと言うと……

・『計画』のストーリー

「アイの嘘が、アクアのリークによって暴かれた。それは世間の好奇心を煽ると同時に、多くの人の心を傷つける。アイを深く想い続けるルビーも、また──」(『推しの子』公式サイトストーリーより)

──と、まずは公式サイトを引用してみたけど、これだけだとストーリーの意味が伝わらないと思うので、ざっくり解説しよう。ヒロインの有馬かなが週刊誌にスキャンダル記事を出されそうになり、その記事を潰すために主人公の星野アクアがアイの息子であることを自ら週刊誌にリークするという流れだ。

今は亡きアイは語り継がれる伝説のアイドルなので隠し子がいたということが大スキャンダル。そんなわけで、有馬かなの記事は流れ守ることに成功する反面、双子の片割れで地下アイドルをしているルビーはブチギレるという展開だ。

・原作で読むのをやめたシーン

で、そういったキャラ目線で巻き起こる激動よりも、物語の構造上重要な部分がこの回にはある。アクアもルビーも芸能界に入った目的はアイを殺した真犯人への復讐なわけだが、この回の最後にその真犯人カミキヒカルの現在が初登場するのだ。

私が原作において「もうええわ」と読むのをやめたのはこのカミキヒカル登場のシーンだった。原作マンガでは登場だけで終わらず、話の途中に出てきて次の章のプロローグに繋がるテクイ流れだったにもかかわらず、そこから先を読まなかったほど。なぜ私はそんなにガッカリしたのか?

・アニメで改めて見て感じたこと

正直、原作を置いた時はそのガッカリ感の理由がいまいち分からなかった。だが、今回アニメでそこに追いついて改めて見たところ、ガッカリの解像度が上がった。ひょっとしたら私がガッカリしたのは、そのワンシーンでカミキヒカルに小物感を感じたからかもしれない。

そのシーンに行くまでのカミキヒカルの得体の知れなさは凄い。サイコパス的演出もふんだんにあって、主人公たちが人生を賭けて己を投げうってもたどり着けないかもしれないオーラがある。

だが、ついに登場のこのシーンでカミキヒカルは簡単に殺人の動機を口にする。「価値ある君の命を奪ってしまった僕の命に重みを感じる」と。そのセリフは意味不明ではなくしっかり自分を理解している感じがする。サイコパスというより、単にナルシシズムだ。

しかも、アニメでは最後空に手を広げて「また1人奪ってしまったよ……アイ……」とつぶやきまでする。いや、まだアイを引きずっとんのかーい!

・ラスボスの登場シーンの重要性

そんなわけで、主人公側のキャラは魅力的で惹き込まれていた分、ラスボスが期待したほどじゃなかったというのが、ガッカリ感の原因なのではないかと思う。アイのことは忘れてるくらいの方が、主人公側の輝きに対をなす酷いラスボスになれたのではないかと思わなくもない。

そう考えると、ラスボスの登場シーンってこういう作品において本当に重要である。改めて『るろうに剣心』の志々雄真実とか、『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影は凄いキャラだと思った。登場はもちろん最後まで一貫した狂気が漂っている。

もちろん、原作を離脱したゆえ、私はこの先の展開を知らない。つまり、『推しの子』が結局どういう作品だったかという結論はまだ下せていないのだ。

カミキヒカルについても勝手な思い込みの可能性も高く、この先で評価が逆転する可能性は大いにあるだろう。ゆえに、これからの『推しの子』の展開も楽しみにしている。はたして、サイコパス系ラスボスとしてカミキヒカルが志々雄真実や吉良吉影に並び称されることはあるのか? 次のアニメ最新話を待ちたい。

参考リンク:アニメ『推しの子』
執筆:中澤星児
画像:(C)赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

▼離脱したゆえに、この先が楽しみでもある