
私は今、JR東海の提供で三重県の二見に来ている。二見興玉神社で夜間に特別参拝できるという興味深いプランのPRのための取材だ。
実は今回の取材ではガチに二見興玉神社のみが対象。記事も1本で終わるはずだった。しかし私の方でどうしても扱いたく、少し無理を言って予定に組み込んでもらったのがこちら。重要文化財の「賓日館(ひんじつかん)」だ。
ここは1つの建物で明治・大正・昭和という3つの時代の意匠設計を堪能できる、三重県で最も面白い建築物の1つと言っても過言ではない、ガチなスポットだ!!
・6年間の工事
いきなりだが、今回紹介する賓日館は、2026年4月から耐震および修復を目的とした工事に入る予定。工期は6年を想定しているそう。今年を逃すと長らく入れなくなってしまう。行くなら、思い立った今だ。
賓日館は二見興玉神社から徒歩3分くらい。海岸に面した夫婦岩への参道沿いにある。圧倒的に目立つので、迷うことは無いだろう。
ここは一体どのような建物なのか? こちら、オリジナルは有栖川宮熾仁親王を総裁とする伊勢神宮の崇敬団体「神苑会」が、1887年(明治20年)に建設したもの。
当初の目的は英照皇太后(明治天皇の嫡母)の伊勢神宮来訪に際し、ふさわしい宿泊施設を確保するためだった。着工が1886年12月、竣工が1887年2月19日という驚異の突貫工事で完成。当初は現在よりも小さい建物だったそう。
しかしそこは皇太后のため。突貫工事と言えどクオリティは一流だ。現在でも皇族のために作られた部屋は残されており、2階「御殿の間」がそう。
写真に雛人形が写っているが、これは2月4日から3月9日の期間中に開催されているイベントによるもの。平時に人形は飾られていない。
期間限定のお雛様も素晴らしいが、それはそれとして別に注目したいのが、こだわりを感じる各種意匠だろう。解説プレートにある螺鈿細工の仕込まれた床框(とこがまち)や天井はもちろん、壁紙や襖、違い棚などにも興味深い点が多い。
個人的には、各所の細かい金具類を特に見ていただきたいと思う。
皇室と伊勢神宮ということで、菊や花菱に由来する模様が散見されるなか、作った「神苑会」の自己主張と思しき「神苑」の字が入っていたりと、この建物の由来特有の意匠に満ちている。
ちなみに隣の「千鳥の間」は昭和初期の増築によるもので、お供や護衛の控室だったと思われるそう。「御殿の間」ほどではないが、格式を感じる造りだった。写真で全てを見せるのも野暮なので、ぜひ自ら見に行ってほしい。
さて、この地では古より興玉神石が神聖視されており、一帯の海水には傷病を癒す特別な効果があるとみなされていた。そのためか、英照皇太后の次は病弱だった皇太子時代の大正天皇が、明治24年に療養や水泳のために滞在。
その後も皇族の来館は多数。一覧の札が掲示されている所があるのだが、凄い枚数になっている……!
そしてそれは昭和59年の礼宮文仁親王(現秋篠宮文仁親王)によるものまで続いたもよう。
・二見館
そんな賓日館だが、作った神苑会は1911年(明治44年)に解散する。その際に近くにあった政府登録の国際観光ホテル「二見館」(すでに廃業)に払い下げられ、二見館別館になった。
払下げ後も皇族による利用が継続されていたのは述べた通りだが、二見館の管理になってから2度の増改築が行われている。1つは明治末期から大正にかけてと、もう1つは昭和初期だ。
この増改築が賓日館を1つの建築としてより興味深いものにしている。まずは明治末期から大正にかけて増築された「翁の間」。
こちらも期間限定の雛人形が展示されている状態だが、部屋はこんな感じ。大正時代はここが大広間で、宴会などが行われたのではないかという話だ。
ここに続くのが、昭和に増築された現大広間だ。いかにも昭和っぽい豪華さの演出を感じる。ラグジュアリーな宿泊施設だったのだろう。
部屋の端には能舞台があり、床下に音響装置として6つの大きな甕(かめ)が仕込まれた本格仕様。現役で各種催しのために使用されている。
まずは大正と昭和という異なる時代の、恐らく想定しているグレードは同程度に高いのであろう宴会場の違いみたいなものがうかがい知れて興味深い。
こうして3つの時代のエリアを回った際に注目したいのが、これ等の部屋を繋ぐ廊下だ。どういう意図なのか、増築された「翁の間」およびそこに続く廊下は、「千鳥の間」や「御殿の間」のエリアよりも床が低い。
そのため「千鳥の間」近くの1階からの階段はこのような面白過ぎる仕様(踊り場は凝った寄木細工)で
「翁の間」から大広間への廊下は傾斜しているという、まあ滅多に見ない仕様なのだ! 写真だとパースの影響もあって判りづらいのだが、カメラから見て下り坂になっている。
大広間の真下にあたる部分は旅館時代の客室が残っており、当時のここが良い旅館だったことがわかる凝った意匠を見ることができる。
そして激アツなのが、1階の資料室と展示コーナー……! ここには賓日館に関するものはもちろん、二見興玉神社ができる前の周辺の写真や(実は賓日館の方が神社より少し古い)や、最初に国に指定された海水浴場(目の前の海がそれ)についてのガチな資料が揃っている。
ここの資料の内容は主に賓日館にまつわるものなのだが、賓日館(あるいは皇室)の存在は明治以降の二見の発展に凄まじい影響を与えており、今日では二見のNo.1スポットみたいになっている夫婦岩と二見興玉神社の近代以降についての理解も深まる。
あまりにも知的探求心を刺激され熱中しまくった結果、だいぶ遅い時間までJR東海の方と二見浦・賓日館の会の奥野雅則会長を、私に付き合わせてしまった。
逆に言えば、ここはそれほど面白いスポットということだ。他にも触れたい点が多いのだが、この調子で行くと記事が長くなりすぎる。そろそろ締めよう。
・お福餅 甘味処
実はこの施設には、JR東海の絡んだ商品が存在する。EXサービスの、『国指定重要文化財「賓日館」×伊勢の銘菓「御福餅本家」』だ。
リアルな話、打ち合わせ中に私が急に「賓日館」に行きたいと言い出し、このPRを兼ねてであれば……みたいな感じの流れだったのだ。もしこの商品が無かったら、この驚くべき建築物を紹介できなかっただろう。
明治時代の賓日館の隣には海水温浴場のための設備があったそうだが、令和の現在には「御福餅本家」のめちゃくちゃ綺麗な本店・店舗がある。2024年にリニューアルオープンしたばかりだ。
この商品を購入すると、1180円で賓日館に入館でき、お福餅 甘味処で「おすすめ3種盛り(抹茶付)」を食べることができる。なお、本プランは3月末までのもので、内容が変更になる可能性のある事に留意を。
隣り合う施設で、片や歴史的建造物兼資料館みたいなもの、片や甘味処。二見に来たら、どのみち両方行くだろう。 最初からEXサービスで買っておくに越したことは無い。
ということで、面白さがぶっちぎっている賓日館。3つの時代の、それぞれ非常に独自性の高い建築を1件で堪能できるなど、全国でも中々無いだろう。特に建築好きや歴史好きはマストだ!
参考リンク:賓日館、お福餅、賓日館×御福餅本家(EX旅先予約)
執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.
▼2階建てということは、つまり1階部分にも竣工当初からの部屋が残っている。「御殿の間」の真下にある「寿の間」がそうだ。
興味深いのは、解説プレートにもある天井の構造。竿縁の配置が床の間に対し垂直になる床挿しというスタイルなのだ。なお畳は寺みたいな敷き方だが、床の間の前には横向きに配置して床挿しにはなっていない。
床挿しは縁起が悪いとよく聞くが、それが皇族のための明治の建築に採用されている。不思議だったのでいつからなぜ縁起が悪くなったのかをこの機に調べたが、学術的に信ぴょう性のある資料を発見できなかった。
むしろ床挿し天井の建物が、それなりにあると知った。奈良の慈光院や大阪の旧杉山家住宅、岩手の旧内田家住宅に残っている。個人的に、近世以降に明確な根拠なくタブーになった可能性を感じる。
▼「翁の間」正面の廊下には無双窓が仕込まれている。通常の無双窓はただ開閉できるだけだが、この無双窓は通常の開閉に加え、斜めにも開くことができるスペシャル仕様。案内して下さった奥野雅則会長に実演して頂いた。令和でもヌルヌル動く。
▼凄まじい数の外套掛けと、古き良き波打つ窓ガラス。
▼資料館に、恐らく明治44年10月26日のスタンプ入りと思しき参道の写真があった。社殿造営前の参道の様子が写っている。
▼二見浦記念碑。英照皇太后の来訪に歓喜した当時の地域住民らによって、鳥羽街道(京都のあれではない。三重の鳥羽街道)が整備されたことが分かる。賓日館ができて以降の発展もふまえると、皇太后が来なければ、二見周辺や神社は現在のようになっていなかったかもしれない。
▼おおむね本記事が仕上がった段階で、新たなプランが爆誕していた。なんと3月23日限定で、館長による案内を受けられるという。恐らく私が取材で受けたものと同じようなものだと思われる。分量的に記事に書いていない情報もあるので、興味深い体験となるだろう。詳細はこちらから。
▼宿泊した「岩戸館」。宿の方が非常に良くしてくれた。ここの人たちが「岩戸の塩」を作っている。
泊まったら小さいパックの塩を貰えた。にがりが絶妙にきいている。思いのほかマイルドな塩味とジワッとくるにがりフレーバーが美味い。よくある食卓塩と違い、けっこう思い切ってかけていい感じの塩味。
朝食。ボリュームがある。全部美味かった。
特に豆腐。「岩戸の塩」を作る過程で出るにがりで作ってるそう。上の写真の左端に写ってる白いのだ。薬味を入れて食べるスタイル。
江川資具



























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