「今年は暑い……」って毎年言ってる気がする。なんで忘れちゃうんだろうね、去年もその前の年も、そのまた前の年も経験しているのに。夏が暑いって忘れちゃう。まるで初めて経験するみたいに「今年は暑い」って言ってる気がするんだ。

ひょっとすると、本当に年々暑くなってるかもしれないけど、あの頃の暑さに比べれば、今はずっとマシ。だって、氷水で暑さをしのがずに済むから、あの頃よりずっといい。

その当時……、多分今から14年くらい前のことになるだろうか。西新宿の古びたシェアハウスに住んでいた。すでに当サイトでも記事を書いていたけど、別の仕事と掛け持ちだったっけな。

とにかくその家がすごくて、築年数のわからない古びた一軒家に3人で暮らしていた。トタン屋根の木造建築で、夏暑くて冬寒い。部屋ごとにエアコンなんかありゃしなかった。


俺が1番広い6畳間に住んでて、隣の3畳間に1人。玄関が2階にあって、6畳と3畳、それからキッチンも2階にある変な家だった。それから下の階は4.5畳だったかな。そこにも1人いて、部屋の中を見たことはなかった。

3畳にはウインドエアコンがあった気がするけど、恐ろしく効きが悪くて、隣の住人はいつも部屋の入り口を開けていた。あの3畳間はひどかったな。どこぞのドヤ街の安宿の方がずっとマシだったはず。

俺の部屋には扇風機があったけど、トタン屋根の木造だからまるで意味がない。文字通り焼け石に水。トタンは日中に太陽光の熱を蓄えて、夜間にその熱を放出しているような塩梅。蒸し風呂で暮らしているようなものだった。


その頃の自分といえば、人生でもっとも金のない時期で、食うや食わずといったら言いすぎだけど、それに近い状況だった。1日1000円使うかどうか、毎日悩む。3食とたばこ代で月末までもつか? 今日はいくらまで使えるか? そんな日々だ。

シケモク(吸い終わった紙巻きたばこ)を灰皿にたっぷり蓄えて、それを繰り返し吸っていた。灰皿が満杯だと金持ち気分になれたものだ。近くにあった牛丼太郎(2023年現在都内に1店舗のみ)で500円の「得得セット」を食べるのが楽しみでね。あれを食えた日は健やかに眠りにつけたよ。


住まいもさることながら、暮らしに関わるすべてのものが古びていた。蒸し風呂部屋に熱風を巻き散らす扇風機しかり。家主が貸してくれていた超重量級のテレビしかり。テレビを見てるとめまいがしてくる。電磁波を放っていると疑わずにはいられなかった。

それと冷蔵庫だ。骨董品といっても遜色のない、年季の入った代物。夏をしのぐための唯一の頼みの綱だった。


このポンコツは幸いなことに、氷を作ることができた


「氷を作ることができる」、そういうと特別な機能のようだけど、あの当時の私に言わせれば、それだけでも十分素晴らしいことだったのだ。水を入れておくと、氷ができる! その氷で飲む氷水が最高にうまかった。

プハーッ! たまんねえな!! 今日の氷水は格別にうまい!!


しかしながら、飲み干した水分はすかざず汗と変わる。そして1杯を飲むと、次に氷ができるのは数時間先。非力な製氷能力だから、一般的な冷蔵庫よりも時間がかかったのだ。

そのうち待てなくなって、内側に水が残った半凍結状態のものをコップにぶち込んで氷水にして飲んだ。飲めば一緒だ! とかなんとか言いながら。


熱中症になる危険のある生活だった。時にはそんな暑さの中で、無気力になって眠っていたこともあった。そんな状況で飲む氷水は、身体の隅々にまで潤いを届け、湯気が出そうな頭をも澄み渡らせてくれた。

汗と湿気でむせ返る部屋で、生き返った。何度も……


今、あの頃よりいい。エアコン嫌いでないなら、毎日冷風を浴びて暮らせる。冷蔵庫の氷ができるのを待たなくても、コンビニに買いに行けばいい。いっそのこと凍ったドリンクを買って冷蔵庫にぶち込んでおけば、好きな時にキンキンに冷えたヤツを飲めるんだ。


でも、あの頃の氷水に勝る美味さない。あんなに美味い水を飲めることは、もうない。


執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24