前回までのあらすじ】 “パリのミシュラン星つきレストラン” の目前まで行きながら、まさかの手違いにより入店できなかった筆者。泣きながらパリ郊外の下宿先へ戻るも、ショックでふさぎ込んでしまう。

そこへ心配そうに「どうしたんだい?」と声をかけてきたのは、下宿先の家主マリオさん。私のパリ旅行を何かとサポートしてくれる親切なフランス人である。涙ながらにコトの顛末を話したところ、彼は烈火のごとく怒り始めて……!?

・親切なフランス人、熱く語る


マリオ「なにっ、2週間先まで予約が一杯だった!? ばかばかしい……行くな、そんなもの!!」

──悔しいです!

マリオ「いいか、よく聞きなさい。真のパリジャンというのは、ミシュランの格付けなどを有難がったりしないものなんだよ。無駄な金を使わずに済んで、逆にラッキーじゃないか」

──うん……でも行ってみたかったなァ

マリオ「まだゴチャゴチャ言っているのか。わかった、僕が素晴らしい店を紹介してやる。その店はミシュランに載っていないが、間違いなくパリで一番ウマいんだ。特別に地図を書いてあげよう」

──ありがとう。今日は雨だからまた今度……

マリオ「ダメだ。今すぐ行きなさい。『Après la pluie, le beau temps(止まない雨はない)』って言うだろう? さぁ、支度して!


ってことでシトシトと秋雨が降る中、私は急遽パリ11区へ向かうことになった。

今から行く店は「月に一度は通う」というマリオさんのいきつけ。彼の自宅からここまで1時間ほどかかることを考えると、よほどお気に入りなのだろう。

京王線沿線を思わせるノドカな郊外を進んだ先に、目印の青い看板が……


アァーーーーーーーッ!!!!? ネコがいるゥゥ!!!!!


・噂の店『Le Petit Bleu』

私の気配に驚いて店の中へ隠れてしまったネコちゃん。ココはまさかひょっとして “看板猫のいる店” なのだろうか!? はやる気持ちをおさえ、先に外観を確認しておこう。

マリオさんが「パリで一番ウマい」と豪語する店『Le Petit Bleu』は、その名のとおり青を基調とした美しいお店だ。

おじさんシェフのマネキンが超クール。日本だと青山か代官山あたりへ行かなきゃお目にかかれないオシャレな雰囲気である。

箱入りマッシュルーム……ステキ。

真っ赤なザクロもおいしそ〜! きっと晴れた日は店先で食事ができるんだろうなぁ。

さぁ、それではお待ちかねの店内へ、ゆっくり足を踏み入れてみるとする! ドキドキ……


いたぁァ〜〜〜!!!! さっきのネコちゃ〜〜〜ん!!!!


・ネコと優しいおじさん

「ミャ〜オ」とすり寄ってきたLe Petit Bleuの看板ネコ。こんなところでネコにありつけるとは、願ってもない幸運である。

わざわざ雨の中を出かけてきて本当にヨカッタ〜!

ひとしきり猫をナデナデしていると、店主とおぼしき男性が「日本人かい?」と近づいてきた。ひと目で “絶対にいい人” と分かる風貌だ。顔全体からニコニコが溢れ出ている。

名をタハールさんという彼はチュニジア人。聞くところ、ここはチュニジア料理の店なのだそうな。「パリで一番ウマい店がチュニジア料理」ってのも妙な感じだが、実はヨーロッパでは古くからチュニジア料理が親しまれているらしい。

お店の看板メニューは『クスクス』。実は推薦人のマリオさんも「ここのクスクスは最高だ」と教えてくれていた。そこまで言われれば他の選択肢はない。お肉のクスクス、プリーズ!


・クスクスとは

先に白状しておくと、私はこの日がクスクス初体験。クスクスとはデュラム小麦粉を丸めた『クスクス粒』を使った料理全般を指すらしい。だんだん奥の厨房からいい匂いが漂ってきたな〜。

ジャーン! こちらがLe Petit Bleu自慢の『お肉のクスクス』だ! この超ボリュームで価格は1500円ほど。パリの物価を考えると信じられない安さ。

うわ…………お肉ウマっ!!! これは普通にステーキで通用するクラスの肉!

ミートボールにソーセージのほか、カボチャ、キュウリ、ジャガイモ、白菜、数種類の豆などなど具材がゴロゴロ乗っかっている。味は薄めで素焼きに近い。クセがなく、どの国の人でもおいしく食べられそうな感じだ。

初体験のクスクス粒はポロポロと楽しい食感。「これが今日から主食だ」と言われても全然イケちゃいそう! もちろんトリュフやフォアグラと比較できるものではないが、コスパを加味すると「パリで一番」というのも大いに納得である。ウマい。マジでウマい。


それにしても……



クスクス、全然減らねぇ……!


・パリで一番の店主

クスクス初体験ながら、私は「この店のクスクスは最高」と自信を持って断言できる。しかしながら……いかんせん量が多すぎるんだよな。お店の人には申し訳ないが、ここは半分ほどお残しさせてもらうことにしようか……?

と……ふいに私の目の前にグラスが置かれた。見上げれば「特別サービスだ」と笑顔のタハールさん。先ほど店先で見つけたザクロを、生搾りジュースにしてくれたのである。常連でもないのに、なぜサービス? 不思議そうにしている私に、彼は笑顔でこう言った。


「俺は日本が大好きなんだ」


それからタハールさんは故郷・チュニジアの話を聞かせてくれた。アフリカ大陸で最もヨーロッパに近いチュニジアは、温暖かつ文化的な国であるらしい。「チュニジア人はみな気のいい連中さ」と語るタハールさんだが、彼の立ち振る舞いを見ていれば、それが間違いなく真実と分かろうというものだ。

このような素晴らしい店主の出すクスクスを食べ残すことは “日本人の面目丸つぶれ” に他ならない……私は食べた。ただひたすらに食べた。ザクロジュースの甘みがいい箸休めとなり、ようやく皿の底が見えはじめた。

ここでタハールさんから「肉と野菜を追加してあげようか?」との申し出があったが、丁寧に断りを入れた私。なんとか食べ終わったころ、気づけば店内は満席になっているようだ。忙しそうなタハールさんとネコに別れを告げ、私は店を出た。いつの間にか雨も止んでいた。

タハールさんの「日本大好き」発言は、もしかすると彼なりのリップサービスだったのかもしれない。しかし、そんなのはマジでどうでもいいことである。彼の接客と料理には、異国を感じさせない本物の温かみがあった。タハールさん……アンタ間違いなくパリで最高の店主だよ!!

フランス人が「パリで一番うまい」と断言するレストランは、私にとってパリで最も素晴らしい思い出となった。次の旅では必ずチュニジアへ行こう。そして再びパリへ来て、タハールさんに報告するのだ。ありがとう、Le Petit Bleuの皆さん……また必ず来るよ〜!

執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.