
先週、アメリカのジョー・バイデン大統領が6月19日の奴隷解放記念日を連邦祝日とする法案に署名した、というニュースが流れた。
日本に人種差別がないとはいわないが、黒人が使った衣服や食器に嫌悪感を抱いたり、差別意識が暴力や殺人にまでつながる米国の事情は理解しにくい。そんな日本人でも、さまざまな気づきが得られる2018年の映画『グリーンブック』。
胸躍るアクション超大作、というわけではないから、映画館では未見の方もいるかもしれない。週末にでも、ゆっくり動画鑑賞はいかがだろうか。
・どんな映画?
アカデミー賞受賞作「グリーンブック」は、実話をベースにしたロードムービー。主人公トニーの実際の息子が制作陣に名を連ねている。コメディに分類されているが、どちらかといえばヒューマンドラマだろう。
舞台は1960年代。タイトルにある「グリーンブック」とは、黒人ドライバーのための旅行ガイドブックのこと。黒人が宿泊できるホテルや、給油できるガソリンスタンド、食事ができるレストランが記載されている。
逆にいうと、グリーンブックに記載されていないホテルやレストランでは、宿泊拒否や入店拒否が公然と行われるということだ。快適な旅を案内するガイドブックの体裁をとりながら、実際は黒人の隔離を助長するという皮肉めいたシーンが幾度となく出てくる。
主人公は陽気なイタリア系アメリカ人のトニー。けんかっ早くて粗野で下品だが、気のいい男で、イタリア人らしい愛情豊かな大家族に囲まれている。
もう1人の主人公は、著名なピアニストのドン・シャーリー。地位も名誉も金もあるが、それでも自分のテリトリーを1歩出れば、いつヘイトクライムに巻き込まれるかわからない黒人である。
求職中のトニーはドライバーとしてドン・シャーリーに雇われ、黒人にとっては危険な地域であるアメリカ南部にツアーに出かける、というストーリー。
人種差別というシリアスなテーマを扱っていながら、トニーの明るいおしゃべりと、ピアニストであるドン・シャーリーの設定を最大限に活かした音楽で映画は軽快に進んでいく。
冒頭のトニーの日常生活の場面では登場人物も多いが、以降はシンプルな展開で、ストーリーに集中できる。全体で2時間を超える長尺なのに、気疲れせず鑑賞できるはず。
ニヤリと笑って、ちょっとしんみりして、いつのまにか2人を応援してしまっているハートウォーミングな物語だ。もし未見なら、ゆったり過ごしたい週末の夜におすすめ!
と、作品についての紹介はここまで。
以下は、すでに作品を視聴済みの方に向けて、アカデミー賞受賞の前後に巻き起こった論争について触れたい。内容に関するネタバレはないが、未見の方は、先入観をもたずに見ていただきたいのでブラウザバック推奨だ。
・「白人の救世主」問題
ご存じのとおり、本作は第91回アカデミー賞の作品賞を受賞。そもそもアカデミー賞がクリーンでフェアな賞かといえば疑問はあるが、本作でもメディアは紛糾。「善良な白人が、黒人を助ける」というストーリーが議論の的となった模様。
白人にとって心地いい、白人目線の美談であり、人種差別の本質を描いていない、ということらしい。ドン・シャーリーの遺族からの抗議もあったといい、事実と異なる側面や、孤独な境遇を強調しすぎている側面もあるようだ。
この構造は「白人の救世主」と呼ばれ、白人の主人公が、無学・貧困・犯罪などの窮地にある非白人を救い、その過程で主人公も気づきを得る、という典型的な展開なのだそう。
実際に見た方は、どう感じられただろうか。
日本で生まれ育った筆者にとって、その批判は想定を超えていた。そこに差別の構造がある(少なくともそう感じる人がいる)ことにすら気づかなかったといえる。幸か不幸か、それだけ人種問題に鈍感で無自覚だということだろう。
「差別問題を描いた作品でさえ、差別的だと批判される」という、この問題の複雑さ、深刻さを垣間見たような気がする。
歴史的背景に疎い筆者の目には、ドン・シャーリーは一方的に救済されるかわいそうな存在ではなかったし、2人の関係はすがすがしくフラットなものに見えた。
加えて「グリーンブック」という本の存在すら、この映画を見るまで知らず、1960年代でもなおトイレやレストランが分けられていたことなど初めて知った。それだけでも、十分に見る価値のあった映画である。
鑑賞中も鑑賞後もいろいろな意味で考えさせられる作品、この機会に再見はいかがだろうか。
参考リンク:『グリーンブック』公式サイト、AFPBB News、BBCニュース日本語版、Instagram @greenbookmovie
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
冨樫さや
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