当編集部がある東京・新宿において、去年と今年で何がもっとも変わったか? 個人的には外国人観光客の数だと思っている。ここ数年、新宿の街は昼夜問わず海外からの観光客で溢れていたが、今ではその姿を見ることはほとんどなくなってしまった。一体誰がこの光景を予想しただろうか?

だからというワケではないのだけど、私(あひるねこ)は最近、今から2~3年前にあった見知らぬ外国人との “ある出来事” を頻繁に思い出す。そう、それは些細な……あまりにも些細な出来事であったが、あの瞬間において我々は、これ以上ないほどに心を通い合わせたのだ。

・公衆トイレにて

いきなり具体的な名前を出してしまうと、これはJR中央線・中野駅前での話である。駅北口の広場にある公衆トイレ。そこが本稿の舞台だ。コロナウイルスとは無縁だった数年前のあの日、ちょうど私は駅前の公衆トイレに入ろうとしていた。



「サブカルの聖地」と言われる中野ブロードウェイには、毎日のように様々な外国人観光客が訪れる。まあ、それも今となっては過去の話なのだが、当時は駅周辺で外国人とすれ違うことが非常に多かったし、それが当たり前の光景だったように思う。しかしこの日、私が見かけた外国人男性は、少し様子がおかしかった。

・怪しい男

私がトイレに向かって歩いていると、その先で同じくトイレに入ろうとしている一人の外国人の姿。おそらく中東系と思われる20代後半くらいの男性だ。男性はスーッとトイレに入って行くと……なぜかその数秒後に出てきたではないか。早すぎるだろ。個室が埋まってたのか? と思いきや、どうやらそういうワケではないらしい。

トイレから出てくるや否や、入口付近で辺りをキョロキョロと見回す男性。かと思ったら、急にどこか一点をジーッと見つめたりと明らかに挙動不審である。外国人とか関係なく、誰がどう見ても様子がおかしいのだ。アイツは一体何をしているんだ……?



あまりの不審者ぶりに軽く引きつつ、いざトイレに入ろうとすると、男性は私と入れ替わる形でその場からサーッと離れていった。正直、ちょっと怖い。今のは何だったんだろう……? しかし私は、そこでさらなる驚きの光景を目にする。トイレに入ると、なんと、洗面台の前に……女子が立っていたのだ。え……!?

・予想外

駅前広場の公衆トイレは、入るとまず洗面台が設置してある(当時)。私の目に飛び込んできたのは、その前に立つ女子の後ろ姿だった。年齢はよく分からない。ギラギラ原色系の派手な古着ファッションに、長くボリュームのある金髪はところどころ青やピンクで染まっている。黙っていても目を引く風貌だ。

時間にして1秒くらいだろうか? 私は思わずその場で固まってしまった。男子トイレだと思って入ったら、中に女子がいるという状況に脳がバグったのだ。え、このまま進んでいいの? 何かあったらこっちが有罪になったりするの? ていうか、ここってホントに男子トイレだっけ? キャーとか言われたらどうしよう……。



そんなことをグルグル考えていると、身支度が済んだのか。振り返ってトイレから出ようとするド派手女子。お、終わったァァァァアアアア! しかし、終了を予感したその刹那。ふと見えた女子の顔は実に驚くべきものだった。マ、マジかよ……! そう、なんと洗面台に立っていた女子は……普通のおっさんだったのだ。

・衝撃の結末

なんというかこう、そういうファッションのおっさんだった。ド派手な女子ではなく、ド派手なおっさんだった。伝わるか分からないが『攻殻機動隊』などで知られる映画監督・押井守にやや似たおっさんだった。押井守をオラつかせた感じのおっさんだった。……そう、おっさんだった。

今の時間は一体何だったのか? そう思うと同時に、どこか安心しながら小便器の前に立つ私。それにしても完膚なきまでにおっさんだったな……。するとその時! 先ほどの挙動不審な外国人男性が、なんと私の隣の小便器の前にスッと立ったのである。バチっと目が合う我々。瞬間、私はすべてを理解した。


そうか、お前もか……!


・伏線回収

なるほど、男子トイレだと思って入ったら女子がいたので、彼もきっと驚いたのだろう。だからあの時、数秒で出てきて辺りを見回し、「これ、男子トイレのマークじゃないの……?」と怯え、その場から離れたのだ。そして中から出てきた女子を見て、「いや押井守やん!」となり、今に至ると……。分かる、分かるぜその気持ち。



・謎のほっこり感

男性の表情からは、安心と若干の気恥ずかしさが入り混じった奇妙なエモーションが見て取れた。言葉を交わしたワケではないし、そもそも言葉が通じるのかも分からないが、なんとなく “仲良くなれそうな空気” がその場に漂う。

結局、私たちは別々にトイレを後にするものの、あの時、あの瞬間において、二人の心がこれ以上ないほどに通い合ったことは言うまでもないだろう。そこには人種や言葉を超越した、同じ体験をした者同士にしか分からない絆のようなものが確かに存在したのだ。


名も知らぬ彼が、再び日本に来られる日が来ることを切に願う。そして押井守似のおっさん、マジで死ぬほど紛らわしかったけど……なんかありがとう。

執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.