いま、観光業は変革を迫られている。たくさんの人が1カ所に集まり、同じものを食べたりイベントで盛り上がったりするような遊び方は当面は難しい。これまでちょっとマイナーだったローカルな観光地や、貸し切り宿泊など、人と密にならずに過ごせる旅が新しいスタンダードになるだろう。

そんな時流にマッチした、武家屋敷の「蔵」に1棟貸し切りで泊まれるユニークホテルが秋田県にある。2020年3月のオープンから予約が殺到したものの、ほどなく直面したコロナ禍。多くのキャンセルが出たというが、新しい生活様式の中で再び大人気になることを確信する「異空間」だったのでご紹介したい。


・『和のゐ 角館』

秋田県仙北市の角館地域。「みちのくの小京都」と呼ばれ、武家屋敷が並ぶ古い城下町に『和のゐ 角館』はある。春には桜が有名で、新幹線も止まる秋田県屈指の観光地だが、まだ全国的な知名度とまではいかないかもしれない。

宿泊できる蔵は「武士蔵」「ガッコ蔵」「反物蔵」と全3棟あり、それぞれコンセプトが違う。今回ご紹介する「武士蔵」は、武家屋敷「西宮家」の敷地に大正時代に建てられたもの。当時の趣(おもむき)はそのままに、人が宿泊できる空間にリノベーションされた。


・歴史を感じる内装

まずは内装をご紹介したい。出入り口には分厚い扉があり、大げさではなく本当に蔵である。実際にはこの扉は使わず、実用的なドアが別に増築されている。

中に入ると囲炉裏と、一面の陣幕(じんまく)! 合戦の場で陣地にぐるりと張ってあるあの幕だ。戦がなくなった後世では、庶民の間でも儀礼的に使われるようになったのだとか。かっこよすぎる。

「武士蔵」はその名のとおり、武士にちなんだものがたくさん飾られている。土間には甲冑(かっちゅう)が一揃い。子どもは怖がって泣くかもしれないが、観賞用の新しいものなので安心して欲しい。

調度品1つ1つに意味があり、例えば角館地域で栄えた樺細工(かばざいく)は、下級武士の手内職として奨励されたのだそう。あちこちに解説パネルがあって、地域の歴史や文化を伝えている。

畳の間には古書が飾られている。地理や英語など、学校の教科書が多かった。

蔵は2階建てで、ベッドルームは階上にある。こんなに広い空間を家族やグループで貸し切ることができるのだから、贅沢としかいいようがない。

たくさんの古民具が飾られているのだが、吹き抜け部分には駕籠(かご)が! 江戸時代に広く普及したが、引き戸のあるものは大名や上級武士など上流階級の乗り物だったという。

ベッドはシモンズ社製のマットレスにエアウィーヴを敷いたという快適仕様。

寝転んだときに見えるのは「絶景」である。室内なのに絶景? と思うかもしれないが、天井には古い梁(はり)と、計算しつくされた間接照明。蔵の入口付近までまっすぐに見通せ、1枚の絵を眺めているようだ。厚い壁が外部の音を吸収するのか、室内は静寂に包まれている。


・それでいて設備は最先端

電気関係や水回りは最新設備にリノベーションされている。Wi-Fiや冷暖房はもちろん、ミニカフェには冷蔵庫やコーヒーメーカー完備。食器や酒器は自由に使ってよく、秋田県は「米どころ」で「酒どころ」だから、地元で買った日本酒で晩酌するのも楽しいだろう。

お風呂やトイレなどは、蔵の外の部分に増築されている。外壁に囲まれているので完全に屋内なのだが、蔵の扉から1度出るような形になる。

たたきを抜けるとモダンなバスルームが現れる。このギャップにびっくり。

室内だけれど窓があり、バスタブから「蔵の扉の金具」が見える趣向。こんなユニークなバスルーム、見たことがない!


・蔵は異空間

基本的に蔵なので、窓やドアなどの開口部が少ない。そのため室内には昼でも陰影ができる。とかく古い建物というのは薄暗いが、明るいLED照明で隅々まで照らされる近代住宅は、人々からイマジネーションを奪ってしまったのではないかともいう。

例えば全面バルコニーのリゾートホテルが「外」に向いた住まいだとするならば、蔵は明らかに「内」に向いた空間である。中にいると、時間の流れに深く深く身を沈めていくような……その感覚がとにかく心地いい。外に出たくなくなる引力がある。

ヨーロッパではよく見かけるが、古城や修道院など歴史的建造物を改築したホテルには、ちょっと怖いイメージがないだろうか。ここ「和のゐ」は、歴史の重みと現代技術がほどよく調和して、実に快適な空間を作り上げている。しっとりと落ち着いた雰囲気がありながら、まったく不気味な印象はない。このさじ加減、絶妙だ。


・食事はどうなるの?

1棟貸し切りなので、蔵にはホテルスタッフはいないし、食事の設備もない。時期によって夕食付きの特別プランもあるが、基本は1泊朝食付き。夕食は近隣の飲食店で地元の味を楽しんで欲しいという。朝食は所定の時間に届けられ、囲炉裏を囲んで食べる。

取材時には重箱入りの純和風のおかずに、炊き込みごはん。椀物やお茶も熱々なので、お弁当スタイルの朝食とはいえ、作りたてとまったく遜色(そんしょく)ない。


・3密回避にも

滞在中、スタッフと会うのは母体となる『ホテルフォルクローロ角館』で行うチェックインと、あとは朝食を受け取るときだけ。それ以外の時間は家族や友人の貸し切りなので、密になりようがない。

角館自体も山間(やまあい)の小さな町で、いくつかの武家屋敷や土産物店はあるものの、レジャーというよりはゆっくり散策するようなところだ。桜や紅葉の季節は混雑するようだが、筆者の訪れた初夏には黒塀の静かな町並みが続いていた。

1日3組限定、普段であれば予約困難な高級ホテルに分類されるだろうが、昨今の社会情勢から意外な空室が見つかることもある。地域の実情に応じてということになろうが、コロナ禍が落ち着いたらぜひ訪れてみて欲しい。


・今回ご紹介した宿の詳細データ

名称 和のゐ 角館「武士蔵」
住所 秋田県仙北市角館町田町上丁11-1(蔵によって異なる)
時間 チェックイン15:00~ / チェックアウト~10:00
料金 1泊1室あたり2万6100円〜(時期、プランによって異なる)


参考リンク:和のゐ 角館
Report:冨樫さや
Photo:RocketNews24.

▼チェックインは少し離れた『ホテルフォルクローロ角館』で行う

▼夜も風情があって美しい

▼駐車場に至る小道

▼ルームウェアは作務衣

▼食器は地元ゆかりのもので、解説パネルがある

▼バスルームから見える蔵の扉

▼日本刀のレプリカ(抜刀できないのでご安心を)

▼「武士蔵」の象徴ともいえる、迫力ある陣幕

▼武士の甲冑