
もはや社会現象と言っても過言ではなさそうなレベルで人気の漫画『鬼滅の刃』(以下 鬼滅)が、2020年5月18日発売の『週刊少年ジャンプ』24号にて最終回を迎えた。単行本派の人を除き、殆どもうみんなジャンプをゲットして読んだのではないかなと思う。鬼滅が毎週月曜日の生きる糧だったという人も多いだろう。
そして今、その終わり方が……賛否両論な感じでSNSを中心にネットをザワつかせている。絶賛している人も居れば、ブチ切れていそうな人もチラホラ。筆者としては、否定派の主な主張を全面的に同意していたのだが、ある考え方にたどり着いたことで、むしろ評価が反転。
読み終わって一瞬微妙に感じたものの、逆転的に作品と作者への好感度が上昇したのだ。せっかくなので、終わり方に賛成できず不完全燃焼気味な人に向け、その考え方を紹介したい。なお、本記事には最終回のネタバレが含まれるので、読んでいない方は注意してほしい。
・蛇足
簡単に最終回の概要を書いておこう。舞台はまさかの現代。恐らくは炭治郎とカナヲの子孫と思しき兄弟と、善逸と禰豆子の子孫と思しき姉弟が主な登場人物だ。最終回は、彼らがそれぞれの家から、通っている同じ高校にたどり着くまでが描かれる。
その道中で、先週までに登場していたり、すでに散っていった人たちと外見や名前が酷似した人々がチラっと登場する。筆者が読んで気づいた感じだと以下の通り。もしかしたら他にも何かあるかもしれない。
1.宇髄と言う名のイケメンな体操選手
2.美人の女性みたいな顔した嘴平(はしびら)と言う名の男性植物学者が青い彼岸花の研究で失敗して謝罪会見
3.時透兄弟を彷彿(ほうふつ)とさせる双子の赤ちゃん
4.しのぶさんとカナエさんっぽい顔の女学生
5.後頭部の下半分が刈り上げなヘアスタイルの、デカい幼稚園の先生
6.顔立ちがどう見ても伊黒さんと甘露寺さんな夫婦
7.将棋を指す、桑島さん(善逸の師匠)と鱗滝さんを想起させる外見の老人
8.産屋敷さんという方が日本最高齢記録を更新(これは輝利哉本人かも)
9.鋼鐵塚(はがねづか)整備という車?の整備屋がある
10.蝶屋敷で看病やらリハビリやらを担当してた3人組に似た髪型の小学生女児
11.顔の傷まで不死川兄弟と同じ外見の、警察官コンビ
12.富岡さんっぽい顔の義一くんと、錆兎っぽい顔と真菰っぽい顔の小学生のトリオ
13.「珠代」という名前の女性だけを描き続ける、山本愈史郎という名前の画家(これも本人かも)
14.煉獄さんに酷似した顔の、桃寿郎という名の少年
15.村田っぽい顔の教師
明確に血縁だと思われるのは竈家と我妻家くらいなもので、他は全く不明。ただ顔の酷似した人々が、現代で理想的な関係で幸せそうに暮らしている感じである。いわゆる、「転生」的なそういう描写だ。
伏線回収と言えるものは、青い彼岸花が発見され、その特性ゆえに無惨様率いる鬼たちが青い彼岸花を発見できなかった理由が察せられること。そして、産屋敷さんが日本最高齢更新ということで、無惨様の呪いがちゃんと解けていることくらいだろうか。
青い彼岸花はずっと謎だったので、それなりにすっきりした感はある。ただ、ぶっちゃけ忘れていた人も多い設定だと思うし、初期の設定がうやむやになるというのは、漫画ではよくあることだろう。無惨様の呪いについても、わざわざ描く必要は必然ではなかったと思う。倒されたなら、呪いも解けてるよねって。
そして何より、登場人物がほぼ全て新キャラだが、しかし最終回なので彼らの物語が先に続くことは無いはず。この最終回があっても無くても、先週までで描かれた内容には驚くほど影響がない。先週の回でガチに全て終わっていたのだ。
鬼滅最終回に対する批判で最も多いものは、ズバリ蛇足であるという意見だろう。それについて否定するのは難しいと思う。未来が描かれなくても、無惨様を筆頭に鬼が潰えた時点で、その後は平和になるしかない。しかも、先週のラストはそれはそれでいい感じだった。あえて現代に時間を移してまで平和な未来を描くのは、やっぱり蛇足だと思う。
・蛇足だが…
しかし、4年と3カ月にわたって連載を続けた作者の吾峠呼世晴先生と、担当した編集者である。言われなくともこれが間違いなくこれが蛇足であることと、出したら蛇足だと批判する人が出ることは分かっていただろう。わからず、無意味にしでかした蛇足ではないと思うのだ。それでも出したのはなぜだろうか。
ここからは全くの推測にして、これこそが「蛇足だけどむしろ良いかな」と思った考え方だ。まず、わざわざ最後に1回増やしてこの回を描いたのは、やはり吾峠先生がどうしても描きたかったからではないだろうか。
最終回には先週まで活躍していた登場人物たちと酷似した人々が出ているが、ほぼ全て全く無関係な他人だと思われる。しかも時代も違う。そんな別人同士で、それぞれの顔のオリジナルたちが願いつつも、無惨様の活躍で叶わなかった「if」的な展開を実現している。
その結果、本筋のテーマや展開、キャラ設定に一切の矛盾を生じることなく、ほぼ全ての主要なキャラ達に疑似的なハッピーエンドを与えているのだ。これは、無惨様によって悲惨な最期を迎えるしかなかったキャラ達を何とか救いたいという、作者によるキャラ愛の発露だと思うのだ。
・不可避な展開
もしかしたら、「救いたかったなら殺すなよ」的な意見もあるかもしれない。それはそれで難しいと思うのだ。考えてみてほしい。物語を創作するにおいて、ひとたびキャラクターに設定を与えると、キャラ達はある程度作者の手を離れてしまうものだろう。
キャラに設定が付与されれば、彼らの紡ぐ物語の展開には必然性が生じる。矛盾の無い物語を作り上げるには、因果に沿った必然性のもとに展開させるしかなくなるはずだ。簡単に言うと、キャラが勝手に動き出し、不可避な展開が出てくるということである。
もう少し具体的に述べるなら「このキャラはこういう行動しかできない」とか、「このキャラはどうやってもここで死ぬ」といった、キャラの設定ゆえに避けられない展開である。これは、物語において神に等しい存在である作者とて、容易に介入できるものではない。
介入できるものではないが、一応例外も触れておこう。四六時中作者が介入して、頻繁に設定が無視され、因果も必然性もぶっちぎったキャラクターが無双する物語というのは存在する。しかし、普通は内容の陳腐さから人気は出ない。そういうキャラは、全世界共通でメアリー・スーなどと揶揄され、良しとされることはまず無いと思う。
また、急遽(きゅうきょ)大人の都合などで介入が行われ、設定や展開を捻じ曲げざるを得ない例もあると思う。しかし、そういうどうしようもない事情のあるものとて、表現の自由の問題で炎上したりするものだ。
大抵は介入によって生じた変化と、ストーリー展開やキャラ設定の間に矛盾が生じて、しらけてしまう。そうなれば、ファンも離れて良い事も無いだろうしな。まあ、ライヘンバッハの滝から生還したことになったシャーロック・ホームズのように、ファンが望み、商業的にも大成功した介入というものもあるが、滅多にない例外だろう。
先週までの『鬼滅の刃』における無惨様と主人公たちの戦いの物語には、ご都合主義な介入は無く、メアリー・スーも不在だったように思う。キャラ達の、受け入れがたい悲惨な最期とて、「悲しいけどそうなるしかないよな」と、納得できるものばかりだったと思うのだ。
時には自らの推しのキャラが死んで「作者は鬼かよ」と思ったファンもいただろう。筆者も無惨様の敗北が確定した時にはとても悲しかった。序盤から終盤まで、数々のハードな展開を経て迎えた最終回はどうだろう。ゴリゴリに何もかも詰め込んだ、理想の展開欲張りセット。
作者という神による圧倒的な介入ではあるが、最後の最後で見せたそのはっちゃけぶりに、「作者はめっちゃ鬼殺隊メンバーのことが好きだったんだなぁ」と感じたのだ。上で述べた、作者によるキャラ愛の発露とはこういうことである。
しかも、あえて舞台を現代に移し、「よく似てるだけの、(恐らくは)無関係な他人」ばかりを起用しての理想の実現によって、先週までの内容には一切影響なしという配慮が見てとれる。
キャラ達への愛だけではなく、読者に対しても配慮に満ちた神による介入。そう考えると、4年3カ月もハードな展開多めなストーリーを描き続けてきたのだから、たとえ蛇足でも最後くらいは良いんじゃないかな……と思えないだろうか。
全205話中で、最後の1話だけの愛に満ちた「蛇足」。誰も悲しく無いし、本筋には何も矛盾しないし、蛇足であることのほかに論理的なマイナス点が見当たらないしな。むしろ吾峠呼世晴先生が、キャラ愛がありながらも、ちゃんと死すべき時にキャラを殺せる漫画家だとわかって好感度も上がるのでは。筆者的には上がった。こういう考え方、いかがだろう。
参考リンク:鬼滅の刃、Instagram ufotable_inc
執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.
江川資具
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