書くのと話すので全然違うのが言語だ。中学英語で書かれた文章を解読することくらいはギリできる私(中澤)だが、会話はお手上げ。ネイティブの発音で話されると、ごく簡単な単語でも聞き取れないし、焦って頭が真っ白になるのだ。
そんな英会話能力ほぼゼロの私だが、訪日外国人に積極的に声をかけるようにしている。そう心に決めたのは、イギリスの田舎での経験がキッカケだった。
・ターゲットは道に迷ってる人
最初に断っておくが、「声をかける」と言ってもナンパとかそういう話ではない。私のターゲットは道が分からず困っている外国人。要は、彼ら彼女らの困りごとを積極的に解決するのだ。
英語ができる人には全くもって普通のことかもしれないが、私は英語ができない。言葉の通じないヤツがしゃしゃり出てきても迷惑なんじゃないだろうか? そんな葛藤から困っている外国人を見かけても自分からは声をかけなかった。これから紹介する経験をするまでは。
・イギリスの田舎で
その経験とはイギリスに行った時のこと。電光掲示板などほぼ解読できない私は、Googleマップで時刻などを調べてアンバーリー駅からブライトンに帰るため電車に乗った。
異変に気付いたのはしばらく走った頃。来る時に乗り換えたフォード駅に全然着かないのである。確か2駅とかで5分くらいで着いたはずだが……。
止まらない電車。窓の外には、広大な草原と羊や牛たちが流れていく。こんな場所通ったっけ? そう思っていると、白髪おじいちゃんの車掌さんが私のいる車両に入って来た。どうやら、切符の確認に回って来たようである。
・問題発生
私の切符を確認するや、車掌さんは英語で何かをまくし立てた。だが、繰り返すが私は英語ができない。したがって、何を言っているか全くわからない。
ただ、空気感だけで何か問題が発生していることは分かった。多分、それは先ほどからの違和感の原因だ。つまり、電車を乗り間違えたのではないだろうか?
そう言えば、ホームに電車が到着するのが少し遅れていた気がする。ただの遅延だと思っていたが、私が乗る予定だった電車がキャンセルになり、別の電車が来たのかもしれない。電車の遅延とキャンセルはイギリスの鉄道のお家芸みたいなもんだ。
・襲いかかる不安
と、その時、何ごとかを説明していた車掌が「ユー、アンダスタン?」と聞いてきた。マズイ。1ミリも分からない。多分乗り換えを説明してくれているんだろうなということくらいは雰囲気で分かったが、それ以上は私の英語力では無理である。そこで私はこう答えた。
「オーケー」
──と。多分ゆっくり説明されても分からないもんは分からない。それなら、Googleマップで調べた方が早いと思ったのである。だがしかし、ポケットからスマホを取り出した時、私は衝撃の事実に気づいた。
充電切れとるやないかーーーーーい!
ヤバイヤバイヤバイ!! スマホなしだと路線を調べるどころか翻訳もできない! おまけに、ロンドンならともかく、ここは郊外の田舎である。
この電車がどこに行きつくのかわかったもんじゃない上、下手したら本数的に帰る便がなくなる可能性もあるんじゃないのか……? 蜘蛛の糸をのぼろうとしたら逆側が空から降ってきた気分である。掴む前から命綱は切れていた。
終わった……。最悪、この電車が街に止まったら駅名でホテルをググって1泊するしかない。あっ、充電切れてるんだった……。じゃあ、エクスペディアで探せば良いんじゃね? 充電切れてるんだった……。とりあえず一緒に渡英したメンバーに連絡して……充電切れてるんだったァァァアアア!!!!!
とりあえず電車一回止めない? 走り続けてるだけで不安になるんですけど……。だが、もちろん電車は止まらない。明後日の方向に猛烈な勢いで爆走している。愛もなく。君は今どこにいるのか。ドゥービー・ブラザーズの『ロング・トレイン・ランニン』はこういう心境で書かれたのかもしれない。
・謎の男
海外で携帯の充電が切れるとこんなにも無力なものなのか。絶望に打ちひしがれていたその時、どこからともなく私に話しかけているような声が聞こえる。ついに幻聴まで聞こえ出したよママ。
と思いきや、後ろの席の男性だった。同い年くらいのイギリス人男性が私に何かを聞いてきている。もちろん知り合いなどではない。いや、今そんな余裕ないんだけど……。
「私英語分からないよ」と伝えると、「OK!」と言って車掌さんを呼ぶ男性。え? なんで車掌呼ぶん? なんか話し込んでるし。怖い。
・手帳にメモする男性
車掌さんが消えた後、また私に話しかける男性。身振りから察するに、「メモとかある?」的なことを聞いているようだ。運よく手帳とペンを持っていた私は男性に渡した。すると、サラサラと何かを書き始める。これってまさか……
私の帰り道だ……!
そう、男性は私がブライトンに帰る道順を車掌さんに聞いてくれていたのである! 「この駅で降りて、バスに乗り換え」的なことを絵を交えて説明してくれる男性。良いヤツすぎだろ!!
「サンキュー!」と言うと、男性は笑顔で親指をグッと立てる。そうこうしているうちに乗り換え駅に着いた。駅で一緒に降りる男性。あ、降車駅同じだったんだね。奇遇だね。
・神対応
ともかく、ここからは1人旅。念のため、男性に聞いたバスの出発時間などを聞きメモに書き込んだが、イギリスで1人でバスに乗るのも初めての私。地味にバス乗り場が分かるかも不安である。ドキドキ……あ、彼もこっち方向なのか。奇遇だね。
……と思っていたら、そのままバス乗り場まで送り届けてくれた。さらに送るだけではなく、運転手に「彼は英語が話せないから、ちゃんと送り届けてやってくれ」的なことを言っているではないか! 神イターーーーーーーー!!
颯爽と去っていく男性の背中にもう1度「サンキュー!」と言った。ああ、サンキュー以上の言葉を知らないのがもどかしい。私が伝えたい気持ちはサンキューという短い言葉では表しきれないのである。
・勇気を持って一歩を
自分がもし、日本で同じ状況に陥っている外国人を見かけたら同じことができるだろうか? 言葉が通じない人に話しかけ完璧に送り届けることが。
きっと名も知らない彼ほどスマートにはできないだろう。しかし、身を持って知った。外国で道に迷った時に積極的に助けてくれる人ほどありがたい存在はないと。言葉の壁など、困っている人を助けるのに何の障害にもならないのだと。
ラグビーワールドカップや東京オリンピックなどのイベント期間中は、街で訪日外国人を見かける機会も増えるだろう。もし、私と同じ理由で二の足を踏んでしまう人がいたら、是非勇気を持って一歩を踏み出して欲しい。
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.