「ネトゲ廃人」の存在が社会問題となっている昨今。明確にするのが難しいその定義を、仮に「ゲーム世界が現実世界より大切になっちゃった人」であるとするならば、あの1年間の私は間違いなく廃人だった。毎日朝まで狩りに興じた狂気の日々……!

今となっては抜け出せてよかったと感じているが、あの情熱って一体なんだったんだろう? あの頃「こっちが現実」とすら思っていたオンラインゲーム世界を、家族より長い時間を過ごした仲間たちの存在を、私はいつからほとんど思い出さなくなったのだろうか?

「ゲームをやめよう」と決めたわけではなかったのに、そういえばなんとなくログインしなくなった。お別れも言わないまま5年の月日が経過してしまったのだなぁ。あの世界はどうなっているのだろう……。急に気がかりになったので久々にログインしてみることにした。

・よかった! サービス継続中

鳴り物入りでリリースされたゲームだって、人気が出なけりゃ数カ月でサービス終了してしまうご時世である。思い返せば私がゲームをやらなくなった大きな要因は「プレイヤー数の減少」だったのだ。そもそもあの世界はまだ存在しているのだろうか……?


自宅のゲーム用PCは動かなくなっていたのでネットカフェへやってきた。

確認してみると思い出のゲームは、どうやらまだサービス継続中であるっぽい。よかった! さっそくゲーム起動!

……の前にアップデートが必要な模様だ。ずいぶん長い期間起動されていなかったとみられる。所要時間は約……

2時間半! これは「ネットカフェあるある」なのでいちいちイライラしないようにしたいもの。


今のうちに説明しておくと、私がかつて命をかけてプレイしたゲームのタイトルは『The Tower of AION』。MMORPGというジャンルだ。プレイヤーは『天族』と『魔族』に分かれて戦う。私は魔族の魔法使い。コツコツ長時間プレイしていたためランキング上位に食い込んだこともある。

ゲームはバージョンアップを重ねるにつれ、だんだんと「プレイヤーを倒さなければポイントが入らない」方向性に進化していった。ゲーム制作だってタダじゃないのだから、課金を促進するには仕方のないチェンジである。しかし私は廃人のくせに争いが嫌いだったのだ。

私は次第に置いてけぼりを食うようになっていった。私は凶悪な敵をぶん殴るよりもキズ薬を調合したり、薬草をむしったり、仲間とチャットで「嵐のメンバーで誰が好みか」について語り合うことのほうが好きだったのだ。楽しかったなぁ……なのになぜ……なぜ……!


……おっと、アップデートが終わったようである。

・いざログイン

結論から言うと、かつて私が過ごした世界はある意味消滅していた。おそらくプレイヤー数の減少により、複数あったサーバーが統合されたのだ。東京、千葉、神奈川、埼玉をまとめて「関東県」にしたようなイメージである。なんだか寂しい。

そして衝撃はつづく。なんと手塩にかけて育てた私の分身たるキャラクターたちが、『17sA51A』などといった囚人ふうの名前に変更されているではないか! これもサーバー統合の副産物である。こんなことになるまで放っておいたことが悔やまれる。

画面が切り替わると仲間たちがいて、あの頃と同じように声をかけてくれたりしないだろうか? 淡い期待を胸にスタートボタンを押すと……そこは見慣れた首都の景色。かつてプレイヤーが多すぎて前が見えないほどだった広場は今……

誰もいなかった。


・世界は大きく変わっていた

エライもので操作方法は覚えている。ゲーム内でひと財産築き上げた私のアイテムボックスを見てみると、5年間のうちに廃止され消滅したアイテムが多数。

今は石ころくらいの価値しかないであろう、かつて高値で取引されていた私のコレクションは倉庫でひっそりとホコリをかぶっている。

物価が大変動しており、移動費にも事欠くほどカネがない。

あのころ何度もボコボコにされたモンスターは、弱体化しすぎて私の姿が見えない様子。

かといって新たに追加されたスライムレベルのモンスターにはボコボコにされる有様。

地図もシステムも別ゲーのように変化していて何が何だか分からない。人並みにプレイするためには本腰を入れて勉強しないと厳しいだろう。今の自分に本腰を入れるだけの時間があるかというと難しいし、仮に本腰を入れちゃって仕事に支障をきたしても困る。

残念だけど仕方ない。やることもないし、もう現実の世界に戻ろうかな……と、最後にフレンドリストをのぞいてみた。昔いっしょに戦ったフレンドさんたちは私と同様、囚人っぽい名前のまま静かに眠っているようだ……ん!?

あっ! なんとリストの中に1人だけ「オンライン中」の表示がついているプレイヤーがいるではないか! 名前を見ても覚えがない。サーバー統合の影響で変更されているのだ。しかしここは躊躇(ちゅうちょ)している場合ではないので、すぐさまチャットを飛ばしてみた


「こんにちは、突然すみません。5年ぶりにログインしたのですが、あなたの以前のお名前はなんでしたでしょうか? ちなみに私は○○です」


すると……

「おぼえてます」と返事が!!

そうだよ俺だよ! ひさしぶり! 5年間色々あったよォ……!


・そして変わらないもの

廃人だった頃お世話になったフレンドさんと奇跡の再会を果たした私。今の私の知識と装備では「そこらへんをまともに歩くことも難しい」らしい。しかし復帰者を支援するしくみがあるのだと言って、彼はまともにプレイするための最短ルートを教えてくれた。

新しい用語が分からず会話もままならない私に、彼は5年間でこの世界に起きた出来事を丁寧に説明してくれた。おまけにアイテムを分けてくれ、道案内もしてくれた。あまりの親切に恐縮したが「自分も一度ゲームを離れて復帰したから、気持ちが分かる」のだそうだ。


1時間ほど思い出話をしたのち、諸用のためログアウトするという彼に「会えて嬉しかった」と伝える。すると「自分も嬉しい」との返信に続いて「戦争の生き残りに会った気分だよ」と告げられたのには、少し照れたけど言い得て妙だ。

連絡先も約束も交わさない我々が毎日会えていたことは奇跡だったのだと、2度と帰らぬ日々を思う。


昔のようにまた明日もログインしたい。時間制で発生するクエストをこなすため毎晩2時間おきに目覚ましをかけていた、あの情熱をまた感じたい。しかし同時にあの頃、家族との関係はズタズタであった。「たまにちょこっと」とはなかなかいかないのがネトゲの辛いところだ。

人の心も状況も変わりゆくもので、今は私自身やっぱり昔と同じには戻れないけれど、願わくばこの世界がいつまでも存在していてほしい。そしてたまには様子を見に行ってみようと思う。いつ仲間が帰ってきてもいいように……。

Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.
ScreenShot:NCsoft

▼別の町へ行ったらちゃんと人がいました

▼ネカフェのランチがお得すぎる