新宿や渋谷などの繁華街で「お笑いライブやってまーす!」という元気な声を耳にすることがよくある。都内には100軒をゆうに超える小劇場が存在しており、平日でも毎日お笑いライブが開催されているというから驚きだ。
先日、下北沢を歩いていたらチラシを渡された。時間があったので読んでみると、そこには「お笑いライブ500円」の文字が。えっ、500円なの? それで果たして採算は合うのだろうか? チラシをくれたこの男性って、もしかして芸人……?
気になったので密着取材をお願いしたら快く引き受けてくれたぞ!
・実態に迫る
たまたま私にチラシをくれたのは『ぶたマンモス』の2人。ツッコミの山下さんとボケのやっぴーさんは紆余曲折を経て昨年11月にコンビを結成したばかりだ。元々は吉本興業の出身だが今はサンミュージック所属。お笑いには全然詳しくないけれど、そういうこともあるんだね!
『しもきたワランド』と題されたこのライブイベントは水曜日と木曜日に毎週開催されている。入れ替え制で全3公演。平日昼間という劇場の空き時間を活用することで、この低価格が実現しているらしい。
この日は7組のお笑いグループが出演とのこと。その筋では知られた人たちなんだろうか? 知識がなくて申し訳ない思いである。
下北沢から徒歩数分の裏路地にある小劇場『シアターミネルヴァ』へ。開演2時間前に潜入してみると……
ワッ! 想像していたより狭い!!!
20の客席はステージから非常に近い。立ち見を入れたとして収容は最大50人ほどだろうか。ひとくちに「小劇場」といっても様々で、ここが特別小さいというわけではないようだ。
『朝礼』と呼ばれるミーティングで本日の集客作戦を話し合い……
チラシを持って各自の持ち場へ、下北沢の街を散り散りになっていく芸人さんたち。
ところで芸人というのはもっと見た目が奇抜だったり、言動が珍奇な感じだったりするのかと想像していたのだが……私服の彼らはみなオシャレで礼儀正しいただの好青年だったぞ!
・まれにみる悪天候
気温20度を超える日もでてきた春の東京。しかしこの日(4月10日)の気温はまさかの4度だ。大雨に加えて激しい風も吹いている。多くの都民が一度しまったダウンジャケットを引っ張り出したあの日である。
春休み明けということもあってか下北沢駅周辺の人どおりはかなり少ない。果たして何人くらいが劇場へ足を運んでくれるものなのだろうか?
・シャレになっていなかった
芸人さんたちは街ゆく人にチラシを渡そうとするも……
なかなか受け取ってもらえず……
しまいには力強く拒否される始末……やるせない……
開演まで30分を切った。あっ、ついに足を止めてくれる人が登場!
……と思ったら常連さんのようだ。
『スイッチヒッター』というコンビのツッコミ担当 “あきやま” さんのファンだという女性は20歳で都内在住。学園祭でたまたま観たスイッチヒッターを好きになり、1人でライブに通っていると教えてくれた。この日の3ステージ全て観るという気合いの入れようだ。
当のあきやまさんも彼女のことを覚えていて、世間話に花が咲いている様子。そんなに好きな人とこうやって直接お話できるなんてうらやましい。まさに“会いに行ける芸人”だ。そこが小劇場ライブの大きな魅力なのだろう。
私が密着した “オオゼキ(スーパー)前エリア” 担当の芸人さんたちはこの後もシャカリキにチラシを配りつづけたが、受け取ってくれた通行人はなんとゼロ人! こ、これは想像を絶する厳しい戦いだ……!
出番が近づき、他エリア担当の芸人さんたちもゾロゾロと劇場に戻ってきた。彼らがきっと頑張ってくれたに違いない。信じて開演を待とうではないか。
客席へ戻ると……
ギェーーー! さっきの常連さんしかいない!!!
それでもイベントはスタートだ。結局1ステージ目の観客は私を含めて3人。対する出演者は15人である。一体どうなってしまうのでしょうか……?
・ナメててすみませんでした!
ついに開演である。フリートークの後、1組ずつ約5分の漫才が始まる流れだ。
怒涛の漫才7連発はあっという間に終了。
私の個人的感想を率直に述べるとするならば……「テレビに出ている芸人と何が違うの?」である。マジであまりの面白さと完成度の高さにビックリしちゃったんだけど、ベテランお笑いファンの人から見れば違うんだろうか?
お笑いについてはズブの素人である私からすれば、これの100倍面白くない漫才をゴールデンタイムにテレビで観ることもよくある。人気芸人のライブはチケットが入手困難なものも多いと聞くが、そんなに差があるとは思えない。なぜ彼らは売れていないのだろう? 素直に疑問だ。
終演後はただちにミーティング。「“雨やどりにどうですか” と呼びかけてみましょう」などの話し合いがなされていた。この日は「ここ1年で1番か2番目にひどい客入り」とのことで、とんでもない日に取材してしまったものである。
2ステージ目までの30分間、彼らはまたチラシ配りに街へ繰り出していくのだった。
・「人気がある芸人とない芸人の差」
“スイッチヒッターのあきやまさん” は人気者のようで、またも若い女の子に話しかけられていた。スイッチヒッターは現在放送中の『ムシューダ』のテレビCMに虫役で出演中。気になった人は探してみよう。
“ぶたマンモスの山下さん” にも女子が近寄ってきた! わざわざ関西からやってきたファンの方だそうだ。呼び込み中はファンと交流する時間でもあるワケですね。
誰にも話しかけられず寂しそうにしていた “アルゴンキンの山口さん” がボソリと「これが人気ある芸人とない芸人の差っスよ」とつぶやきいたのが哀愁を誘った……。
他のエリアの芸人さんたちも相変わらず苦戦中。チラシを受け取ってくれる人はほとんどいない様子だ。取材する私のペンを持つ手も寒さで震えてきた。
「渡されたくないのに渡される」通行人と、「渡したいのに渡せない」芸人。そしてそれを見ながら切ない気持ちになる記者。誰も悪くないのに全員つらい思いをしているなんて皮肉すぎる……。
2公演目の客は少し増えて6人だった。終演後はミーティング。再びチラシ配りに街へ出る芸人さんたち。
がんばれー!!!
・無事終了
ラストの3公演目の観客は10人。「たまたまチラシを受け取ったので来てみた」という客も数人いたので、芸人さんたちの苦労も少しは報われたというものだろう。
グループが公演ごとに全く違うネタを披露するので、1日を通して観ても楽しめる。私は涙が出るくらい笑ったのだが、こればっかりは好みの問題なので「絶対」と言い切れずもどかしい気持ちだ。
でもさ……500円なら試しに行ってみてもいいと思わない?
・リアルな実情をきいてみた
イベントを終えた芸人さんたちはファンサービスを行った後、それぞれの帰路につく。
今日お世話になったぶたマンモスの2人はこれからバイトに行くそうだ。思い切って聞くけど……ぶっちゃけ芸人としての月収っていくらなの?
「平均2000円くらいですね」(サラリ)
えーーーーーーーーーーーっ!!!
しかもその2000円に交通費は含まれていないという。なんなら「エントリー費」が必要なライブもあることを計算すると、ゼロどころかつまり赤字。完全に真っ赤っ赤ということになるではないか。
何と言うか、彼らのような……もう、こうなったらハッキリ言っちゃうけどさ。「売れない芸人」にとって、この金額はいたって普通なのだというから人気商売というものがいかに厳しいかが分かる。
ぶたマンモスは現在は6畳のワンルームで2人暮らしをしながら週5でバイトし、ライブとオーディションをこなす日々。バイト先のネットカフェには同じように夢を追う若者が多くいて、シフトを融通し合っているそうだ。
ボケ担当のやっぴーさんは一度芸人を辞めている。お客さんが「かわいい」と口を揃えるキャラクターが天然であることは話してみるとよく分かる。コンビニバイトで出世し月30万円を稼ぐほどだったが、同期で一番仲の良かった山下さんに誘われて東京行きを決意した。
4度にわたるコンビ解散を経験してきたツッコミ担当の山下さんは「一度も売れたことはないけど、心が折れたことも一度もない」と語る。幼少期からなぜか “根拠のない自信” があるそうで、底抜けに明るい人柄は天性のものだ。
現在26歳の2人。もちろん早く売れるに越したことはないけれど、「◯歳までにダメなら辞める」といった考えはない。でも「このコンビがダメになったら芸人辞めよう」という気持ちだけは共通しているのだと聞かせてくれた。
夢を叶えるのは難しい。苦労したって報われないこともある。30歳過ぎて会社を辞めた私にも通じるものがあり、この日は見ていて切なくなる場面も何度かあった。
競争の激しいお笑いの世界で売れていくということは、割合で考えるとかなり狭き門といえるだろう。運よくテレビに出て一夜でブレイクすることもあれば、地道にチラシを配ってファンを増やす道もあるだろうが保証はない。
若い芸人たちがそれでも夢を持って頑張れるのは、隣で支えてくれる仲間の存在が大きいのではないかと感じた。
街でチラシを配っている芸人が怪しい人間かどうかは、目を見てみればわかるはずだ。興味がある人もない人も、暇なときはぜひ一度ついて行ってみてほしい。
ちなみにチケット代500円のうち半分は芸人さんに還元される仕組み(このイベントの場合)になっている。お得な1日通し券はたったの1000円だ! ぜひ!
・今回ご紹介したイベントの詳細データ
イベント名 しもきたお笑いライブ『ワランド』
会場 東京都世田谷区北沢2-7-14 シアターミネルヴァ
時間 毎週水・木曜日 12:30〜
Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.
▼『ぶたマンモス』やっぴーさん(左)、山下大車輪さん(右)
▼『スイッチヒッター』はやしじゅんやさん(左)、あきやまさん(右)
▼『スーパーメロディ』しゅんたさん(左)、佐藤ドラゴンピース龍平さん(左)
▼『アルゴンキン』坂本周平さん(左)、山口秀秋さん(右)
▼『みつあみ』バーストさん(左)、鶴田社長さん(中)、あんらくスキンケアさん(右)
▼『おミルク』藤本憲さん(左)、堀駿平さん(右)
▼『マゼランブル』ミヨシユウキさん(相方のジーツーさんは仕事で先に退席)
亀沢郁奈












































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