・自治会長登場

その自治会長の姿は、私にとって意外だった。70代くらいであろう おばあちゃんだったのだ

「このマンションの自治会長をしております。Aです」と、私に告げるおばあちゃん。もちろん、私も挨拶を返す。「はじめまして。この部屋に今日から越してきました和才と申します。どうぞよろしくお願いいたします」と言おうとしたのだが……。

結果的に、「和才と申します」の「ま」くらいまでしか言えなかった。なぜなら、私の挨拶が終わるのを待たずに、自治会長がこう言ったからだ。


「引っ越し業者の方に、帰るように言っていただけますか」


──はい、来た。やっぱりだ。自治会長がそう言っている理由は、聞かなくても察しがつく。申請書だ。マンションの自治会に提出せなアカンかった申請書を仲介業者が出してないから、会長は激おこなんだろう。そこで私は、まずは通常のジャブで相手の出方を見ることにした。

「すみません、申請書ですよね? 今、仲介業者さんの方に用意してもらってますんで。少々お待ちいただいていいですか」

──と言ったものの、そんな普通のジャブでは会長の勢いを全く止られなかった。自治会長は、「申請書のない引っ越しは認められない。今すぐ中止しろ」の一点張り。その言いっぷりには、「どんな理屈も通じない感」がにじみ出ていたので、私は即座に作戦を変更。


「あと、5分で終わりますんで」


──と自治会長に適当に言いつつ、とりあえず作業を終わらせることにした。始めたばかりの搬入作業が5分で終わるワケないのだが、そんなことはどうだっていい。私が「もうすぐなんで! もうすぐっす!」と言いまくっているうちに、終わらしてやれ! と思ったら……

この後、自治会長は、ものすごい剣幕でキレ始めた。理由は、引っ越し業者の養生テープの貼り方がマズかったから。


「ちょっと! こんなテープの貼り方じゃあマンションの中が傷つくだろうが! 全部貼り直せ!!


──引っ越し業者のスタッフを捕まえて怒りをぶつける自治会長。そうかと思ったら、自治会長は「トラックを停めている位置が悪いから少し動かせ」とか「共用部分の扉の開け方が雑」だとか何かと理由を見つけてキレまくり……


そっか。新しいマンションの自治会長、クレーマーだったのか。だから、管理人はあんなに頑なに拒んだのか。と、その時に気づいたのだが、気づいたところでどうしようもない。

自治会長は、水圧がすごすぎて暴れまわるホースみたいになっていた。誰も自治会長を制御できない。ただ水を浴びているだけだ。きっと、このマンションの管理人は今まで散々水を浴びて心までビショビショになってしまったのだろう。

私も自治会長と出会って10分くらいで結構ビショビショになったのだが、自治会長の “放水” が何の罪もない引っ越し業者に及ぶと気の毒な上に作業の進行にも影響しかねないので、私が自治会長の相手をせざるを得ない。むしろ、この引っ越しを無事に終わらせられるかどうかは、私が自治会長の “水圧” に耐えられるかどうかにかっている!

──と覚悟を決めて、暴走する自治会長に挑んだのだ。こんな風に……


会長:「養生テープを全部張り替えろ!」

:「色々と細かいルールがあるんだな……。いや〜知らなかった! ところで、会長はこのマンションに住まれて長いんですか?」


会長:「トラックを停めている位置が悪いから少し動かせ!」

:「会長はアレですか、トラックの運転とかもされるんですか?」


会長:「ドアの開け方が雑だろ!」

:「まあアレですよね、昔の方はそういう所作みたいなのがキレイですよね。歩く姿はユリの花みたいな」



──ご覧の通り、全く会話は噛み合ってないのだが、“返し” なんて何でも良かったのだ。なぜなら、一番大事なのは相手の話を聞くことなのだから。その証拠に、私が話を聞いているうちに自治会長は次第に落ち着き、「このマンションが建った当時、回りには学生運動をしている人がいて」的な話を始めた。

それから自治会長は脈絡のない話を散々したら気が済んだらしく、自分の部屋に帰っていったのだ。嵐は去った。同時に、私の引っ越し作業自体は完了。管理人に「中止しろ」と言われたけれど、引っ越し自体は何とかなったで。ホッ……


と思ったら!


自治会長が帰っていく先を見て、私は愕然とした。膝から崩れ落ちそうになったと言っていい。なぜなら……なんと! なんと……!! 自治会長の部屋は私の隣だったのだ。



詰んだ。


──このようにして、隣人がクレーマーだと引っ越し初日に知ったことから始まった私の新生活。それがどんなものだったのかはまた追ってお伝えしたい。

Report:和才雄一郎
イラスト:稲葉翔子
Photo:RocketNews24.