「今半」といえば、すき焼きの名店である。デパ地下でも駅弁でもお馴染み。誰でもその名前を1度は耳にしたことがあるはずだ。だが、お店に行ったことがあるという人は、どれだけいるだろうか? 実は私(佐藤)も1回も行ったことはなく、今半の弁当以外にその味を知らない。
そこで人生で初めて今半本店に行き、すき焼きを食うことにした! かなり勇気のいることなのだが、本店の味を知らずして、今半の味を語ることはできないだろう。そう思い、意を決したのである。
・大人の階段をのぼる
今半本店は浅草の新仲見世通りにある。店構えからしてすでに老舗の貫禄が漂っており、私のように容姿が怪しく、いかがわしい人間は近づくことさえ畏れ多い威厳を感じさせる。だが、怯んでいる場合ではない。ここですき焼きを食うのだ!
中に入る。初めての体験だ。何か大人の階段1つのぼったような気がするのは、思い込みではないだろう。私もやっと今半の暖簾をくぐれるような大人の男になった。不意に目頭が熱くなる。こみ上げる思いを押し殺して、端の座敷に上がった。そしてメニューを見ると……
特選牛ロースすき焼き 1人前 6480円
ブハッ! 思わず吐血するかと思った……。いくら大人になったとは言っても、昼飯に6000円も出せる身分ではない。まだまだヒヨッコだった。
とはいえ、席についた以上、「あ、ちょっと用事を思い出しました」とか言って、帰る訳にはいかない。怯むな! ということで、入り口のメニューにあったすき焼き定食(2200円)を注文することにした。
・眺めていたい、肉
そうして運ばれてきた “スターターキット” は肉・野菜・ご飯・なめこ椀・おしんこ。これに割り下とお水で1人前だ。ちなみにお水は割り下が煮詰まった時に薄めるためにある。決して飲む用のお水ではない。
それにしても肉の赤身の鮮やかなこと。このまましばらく眺めていたい。なんなら、食わなくても良いと思えるほど美しいい。
・おひとり分です……
そのままそっとしておいて、ほどほどで焼き始めようと思ったら、最初はお店の人がすき焼きを段取りしてくれる。肉に見惚れていると、それを取り上げていきなり焼き始めた! 何、そういうシステムなの!?
手際良く肉を並べて、その脇に野菜を積み上げていく。すき焼き鍋はとても熱伝導が良いらしく、瞬く間に焼き色がついてしまった。「おひとり分だと、焦げてしまうかもしれないので、早めに召し上がりください」、お店の人は優しさのつもりで教えてくれたのだろうが、「おひとり分」という言葉が心に刺さる。すみません、ひとりで来てしまいました……。
・これが世にいう「シズル感」
手際良く並べられた肉は、ほどなく頃合いになり、ウマそうな匂いと湯気を立ち上らせている。いつ食うの? 今でしょ!
箸で肉を1枚鍋から救出して、玉子の器に取る。
うわ~! ウマそうだ。いや、ウマい! 食わなくてもわかるほど、美味しさがにじみ出ているじゃないか。食べるのもったいない気がするなあ~。だって、2200円の定食に肉は6枚しかないんだもの。
玉子をくぐらせると、肉と卵黄の色彩は耽美な輝きを見せている。コレが世にいう「シズル感」というヤツか、シズッてる。コレはマジでシズッてるなあ~。
月並みな表現ではあるが、頬張ると「トロける」美味しさだ。私はたしかに今、肉を食ったはず。ところが、1噛み2噛みと繰り返すうちに、肉は液状化を始めたように、トロりと溶けて、割り下の微かな余韻を残して消え去っていくようだ。これが本場の「すき焼き」なのか~。しみじみと感慨にふける。
私も大人になった。今はまだ、入門編のすき焼き定食かもしれない。しかしいつかは、昼に特選牛ロースすき焼きを食えるような、そんな大きな男になりたい! 固く心に誓いながら、残りの5枚の肉を噛みしめた。という訳で、今半の名前を知る人は、1度は本店に行ってみて欲しい。なお、積み上がった野菜は崩して食べよう。肉の旨味を野菜に吸わせるのがミソだぞ!
・今回訪問した店舗の情報
店名 すき焼き 今半本店
住所 東京都台東区浅草1-19-7
営業時間 11:30~20:30(休憩時間15:00~16:00)
定休日 火曜日
Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24