近年よく耳にする “フォトジェニック” という言葉。「写真うつりが良い」「写真映えする」といった意味で使用され、特に写真共有SNS・インスタグラム(Instagram)の流行に伴い、『インスタ映え』する画像かどうかを気にする人はそれなりに多い。

ところがここ数カ月、「インスタ映え(笑)」中には「インスタ蝿」などとインスタ映えを馬鹿にするような風潮があるが、これは一体どういうことなのだろう? インスタ映えにこだわることの何がいけないというのだろうか?

・「インスタ映え(笑)」みたいな風潮

インスタ映え。簡単に説明すると、インスタグラム映えする、若干意識が高めのオシャレな画像のことを指す。おそらく読者の方の中には、こだわりを持って料理や風景を撮影している人も多いに違いない。

ところがここ最近、そのインスタ映えを揶揄するような、馬鹿にするような風潮が少なからずある。確かにインスタ映えに全てのエネルギーを傾けるのはどうかと思うが、オシャレめの画像を撮影することの、そしてその画像をネット上にアップすることの何が悪いというのか?

私(P.K.サンジュン)から言わせれば、この流れはごくごく自然なものである。スマホの普及に伴い、誰もが高性能カメラを常に所持するようになった現代。言うなれば “1億総カメラマン時代” に突入しているのだ。カメラに接する機会の多さは、過去と比べ物にならない。

・1億総カメラマン時代

そんな状況の中で、他の人よりも凝った写真やオシャレな画像を撮影したくなるのはあたり前の感情であり、言い方を変えれば「人間の性(さが)」とも言えるハズだ。であるにもかかわらず、「インスタ映え」に対する風当たりはまあまあ強い。

おそらく批判している人は、先述の「若干意識が高めのオシャレな画像」の “意識が高め” の箇所に反応しているのだろう。こればっかりは、インスタ自体が意識高め仕様のSNSだからいかんともし難いが、少なくとも「インスタ映え(笑)」と馬鹿にされるほどのものではないハズだ。

・別に良くない?

「インスタ映え」に捉われすぎて自由に撮影出来なくなるのはどうかと思うが、本人たちが楽しんで撮影しているうちは、


インスタ映えする写真撮ったらええがな。なにがアカンの?


というのが私のスタンスだ。ただし、撮影した料理を食べないで捨てるなどの行為はあってはならない。それはインスタ云々ではなく、人としてのモラルの問題である。絶対にやめよう。

先述のように、インスタ映えに捉われるのはよろしくない。だが「インスタ映えした画像をアップしたら小馬鹿にされちゃうかも」という空気感も非常によろしくない。誰もが息苦しくない環境で、カメラやSNSを楽しんだらいいと思うのだが、あなたはどう思うだろうか?

執筆:P.K.サンジュン
Photo:RocketNews24.