2020年開催予定の東京オリンピック・パラリンピック。その開催に先立って、2015年7月24日にエンブレムのデザインが発表されました。これがベルギーのリエージュ劇場のロゴマークに似ているとして、このロゴマークをデザインした建築家が法的対応を検討していることが報じられています。
もしこのようなケースが、日本国内で起きた場合、どうなるのでしょうか?
・劇場のロゴと五輪のエンブレム
東京五輪のシンボルマークがベルギーの建築家からクレームがついた問題ですが、日本国内で訴えられた場合、結論としては(商標権侵害等として)損害賠償請求やロゴの使用差止めは認められないと思われます。
一般に、店の看板などのロゴマークについては、商標登録がなされますね。日本ではすでに登録された商標や、先に出願中の商標と類似する商標は、登録出来ないとされています。
また、既にほかのお店が使用しているロゴなど、そのお店のサービスを表すものとして,商標の登録出願時及び査定時、広く知られている標章に関しても、「これに類似している、そのお店との混同を生じるおそれがある」といった場合、商標登録ができないことになります。
したがって、今回のケースも、先立って作成された「劇場のロゴマーク」に「非常に類似している」ということになると、後から商標登録しようとした五輪のロゴマークは本来登録ができない、または、仮に登録されたとしても取り消されるべき、ということになります。
結論的には、「劇場のロゴと五輪のエンブレムが驚くほど似ている。劇場のロゴと五輪のエンブレムを見間違う又は誤解してしまう。」ということであれば、商標権侵害に基づく損害賠償請求ないし商標権の取り消しが認められる可能性がありますが、以下のとおり、本件では認められるのは相当困難といえるでしょう。
・既存の劇場ロゴの権利を侵害するのか?
ロゴが類似しているか否かの判断については、「外観(見た目)」・「観念(全体的に受けるイメージ)」・「呼称(呼び名)」が大事だと言われています。
・「外観」「観念」「称呼」とは
(商標は「文字・ 図形・記号もしくは立体的形状もしくはこれらの結合 又はこれらと色彩との結合」という標章から構成されるものなので、当然にその標章の持つ「外観」が大事です。その外観から意味が生ずる場合があり、それを「観念(イメージ)」といい、また、その標章からは称呼・読み方が生ずる場合があるので、それ を「称呼」といいます。したがって、商標とは、この「外観」「観念」「称呼」という三つの 構成要素から成ると一般に理解されています。)
これら3つを勘案したときに、新しい五輪のエンブレムが、「あ~、あのロゴか」と劇場のロゴと勘違いさせるようなものであれば、類似の商標として商標権侵害ないし商標登録の取り消しが認められる、ということです。
・結論は「相当に異なるデザイン」
結論として、今回の2つのロゴは、Tを示した色も全く違うこと、デザインは似ているけれど、〇とTの組み合わせをすればおよそ似たような形になることは当然であること、外観上、デザインが同じとまではいえないこと、配色や全体から受けるイメージも相当異なること、等から、相当に異なるデザインということができ、商標権侵害や商標登録の取り消しという事態には至らないと考えられます。
逆に、これが商標権侵害等という話になってしまうとなると、今後、「〇とTとの組み合わせでロゴを作ろうとした場合全て」において、「似ているからダメ」ということになってしまい、今回の劇場のロゴに「〇とTの組み合わせのデザイン全て」について独占利用をさせるのと等しくなってしまいます。こういった事態は、今後、自由にロゴを作ろうというその範囲を不当に狭めることとなり、好ましくないと考えられます。
実際に、国際的に商標登録がなされているという事実からしても、国際的に「先に登録された商標と類似していない」のお墨付きがいったん与えられたということになりますので、その意味で言っても、今回の五輪エンブレムが既存のロゴの権利を侵害するとはいえないでしょう。
・「鳥二郎」と「鳥貴族」のケース
過去の有名な事例としては、「鳥二郎」が自己の商標を登録したことに対し、鳥貴族が「(簡単に言えば自分の商標と似ていて混同を生じさせるので)その商標は取り消されるべきだ」と異議を申し立てた事案が挙げられます。
鳥二郎の商標は鳥貴族のロゴに似すぎているため、登録されるべきではないとして、鳥貴族側が特許庁に対して取り消しを求めたということです。
・特許庁は「あ~、あの店だ」と一般人が誤解する恐れはないと判断
結論として、特許庁は、「鳥二郎」の商標と「鳥貴族」標章とは、外観、称呼及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれのない非類似の商標と認められる、と判断しました。簡単に言えば、特許庁は、「あ~、あの店だ」と一般人が誤解する恐れはないと判断したわけです。
その判断の理由として、今回注目される鳥の文字をアレンジしたデザインに関し、「鳥料理を出す飲食店においては、「鳥」の漢字をデザイン化してのれんや看板等に表示し、「トリ」の読みをもって使用されている実情が看て取れるところである。」という事情が挙げられています。
・類似しているとはいえないという判断
「鳥貴族」、「鳥二郎」は、「鳥」という共通の言葉が使われていること以外は、語感から見ても、意味内容から見ても似ているとは言えず、トリキゾク、トリジロウの呼び名も相当異なり、ロゴも類似とまではいえず、配色や全体のイメージを比べても異なると言わざるを得ない以上、類似しているとはいえないという判断に至ったということになります。商品でいえば、間違って購入してしまう、のレベルか否かということなのでそこまでとはいえないということです。
・あくまで商標登録を認めるべきかの判断
一般的には、「え~、あんなに似てるのに?」という意見も聞かれますが、商標法の判断はパクっていた、真似した、という事実が重要ではなく、あくまで商標登録を認めるべきかの判断です。
逆にこの程度の類似性で商標登録を認めない、としてしまうと、極端な話、鳥の文字アレンジはダメ、鳥の文字を使った看板は危ない、という風に、とり料理店全体の作れる商標の内容が相当限られてしまいます。なので、他の会社の商標とそっくりで見間違うではないか! というレベルでなければ、商標の登録を認めるべき、ということになるわけです。
鳥貴族・鳥二郎の争いでも「似ていない」という判断がなされている以上、それ以上に似ていない、業種も異なる本件においては、「似ていない」という判断が下される可能性が高いかと思われます。
参照元:読売新聞
執筆:アディーレ法律事務所 篠田恵里香弁護士
イラスト:Rocketnews24
▼篠田恵里香弁護士
▲東京弁護士会所属。東京を拠点に活動。債務整理をはじめ、男女トラブル、交通事故問題などを得意分野として多く扱う。また、離婚等に関する豊富な知識を持つことを証明する夫婦カウンセラー(JADP認定)の資格も保有している。外資系ホテル勤務を経て、新司法試験に合格した経験から、独自に考案した勉強法をまとめた『ふつうのOLだった私が2年で弁護士になれた夢がかなう勉強法』(あさ出版)が発売中。『Kis-My-Ft2 presentsOLくらぶ』(テレビ朝日)や『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』(文化放送)ほか、多数のメディア番組に出演中。ブログ「弁護士篠田恵里香の弁護道」