26歳という若さでこの世を去った、ロックミュージシャン尾崎豊。彼の死から20年を経て、「伝説」と言われているライブツアー「BIRTH TOUR」の映画作品が全国で公開されることになった。それに先立って2012年11月29日、尾崎の誕生日に東京・六本木で先行上映会が行われた。この日は特別に、観客が席を立って観覧できるスタンディング上映となり、往年のファンはスクリーンの彼に向けて「尾崎ー!」や「ありがとうーッ!」と声をかけたのである。
いまだに人々を魅了し続ける尾崎豊。映画を通して、今の世に何を問いかけているのだろうか。「もしも生きていたら……」、こう考えるのは愚問かもしれないのだが、影響を受けて育った記者(私)は、どうしてもそう考えずにはいられない。今作『復活 尾崎豊 YOKOHAMA ARENA 1991.5.20』を見て、愚かと思いながらもそう考えずにはいられないのである。
■10代の代弁者、教祖
当時をよく知る人であれば、彼がいかに若い世代に支持されていたのか、容易に振り返ることができるはず。「10代の代弁者」、「教祖」とまで言われるほど、彼の楽曲は高い人気を誇っていた。今思えば、言い過ぎと思えるほどの代名詞なのだが、彼の言葉は非行や校内暴力が横行していた時代に受け入れられた。
記者も信奉するような気持ちを持っていたことを、振り返ることができる。思春期の頃に言葉にならないような感情を抱えていたときに、尾崎はその感情を言葉にして歌っていた。「言いたかったのはそれだ」と曲を聞きながら何度も頷いた覚えがある。まるでそれは、暗闇に光を照らすように、まばゆいものがあった。
■フィルムコンサートに10万人の署名
今作を手掛けた総合プロデューサー須藤晃氏によると、尾崎のライブ映像を見たいという声はいまだに絶えないという。フィルムコンサート開催を希望する署名は10万人以上にものぼったそうだ。作品の公開を心待ちにしていた人も少なくないはず。同日映画が始まると、観客はすぐさま総立ちになった。そして、冒頭の「久しぶりだね」という尾崎の言葉に、胸をいっぱいにして涙を流す人さえもいたのである。
■スクリーンから伝わってくるカリスマ性
現在日本の音楽市場に、彼を凌駕するようなアーティストはいないと思う。そう断言できる。少なくともこのライブ映画を見れば、誰もが納得するはず。というのも、事務所の移籍騒動や覚せい剤取締法違反で逮捕された後に、完全復活を遂げたツアーの初日。さまざまな苦難を乗り越えて、再生のプロセスに立った尾崎は、気力がみなぎっている。だからと言って、力みがあるわけではなく、ただ歌うこと、表現することに集中し、ステージに立っているのだ。会場となった横浜アリーナの1万7000人を、最初から最後まで引きつけ続けている。死後20年経って、スクリーンの向こうの観客さえ、その絶大なカリスマ性に引き込まれてしまう。
何より、当時25歳。今の日本に彼と並ぶような20代のアーティストがいるだろうか? 現在存命であっても、その人物の死後20年を経て、影響が絶えざるアーティストがいるだろうか?
■歌だけが心に生きている
とりわけ印象に残ったのが、覚せい剤事件からの復帰を誓った曲『太陽の破片』と、挫折からの再起を恋人に決意する曲『シェリー』だ。尾崎の曲の多くは、前向きなメッセージの込められたものが多い。特にこの二曲は、その色合いが強い。映画のなかの彼は、当時と変わらないポテンシャル、いや伝説と言われるだけのツアーだけあって、飛び抜けてテンションの高い状態で歌っていたはずだ。
そのメッセージだけが、映像を観ているものの心に響いてくる。彼はもういないのだから、言葉だけが心に突き刺さってくるのだ。これらの曲をタイムリーで聞いていたときの、幼くか弱い心がうずいて仕方ない。スクリーンの尾崎が前向きであればあるほど、厳しい現実を突きつけられているような気さえしてしまう。彼はもういない、彼は死んだのだ。歌だけが心に生きて、古傷をうずかせているようだ。
■代弁者が語らなかった言葉
ミュージシャンとして、ストイックな姿勢を貫き続けた尾崎豊。「代弁者」と言われた彼がこの世を去った。あれからもう20年。その間に、彼が語らなかった言葉を、彼を支持していた人たちは見つけられただろうか? 少なくとも記者は、自分なりの経験を重ねてきて、何かを見つけてきたと思う。そう思いたい。しかしそれを明確な言葉であらわせそうにない。やはり10代のときに感じたような、言い表しようのない感情が、心のなかにモヤッとあるばかりだ。「こうです」とは言えない。
もし仮に何かの言葉をつかんだとしても、それが正しいかどうか、尾崎に聞いてみたくなってしまう。代弁者の彼が語らなかった言葉を、自分なりに見つけるしかないのだろう。
■彼
ファンの方であれば、ぜひとも観たい作品であるに違いない。あまり尾崎のことを知らないという人にも、ぜひ観て頂きたいと思う。なぜなら、彼が活躍した時代の自分を、再び発見することができるからだ。20年前に亡くなった尾崎の時間は、20年間止まっている。しかしあなたは現在も生きて、20年分の人生を重ねてきたはず。彼の映像を通して、自分の人生を垣間見ることになると思う。最近では、学校の国語の授業で、尾崎作品が題材に使われるそうだ。彼の全盛期を知らない若い方も多いと思うが、強烈なカリスマ性をもった彼のライブは、一見の価値あり。なぜいまだに支持されているのか、その理由がわかるはず。
タイトル:『復活 尾崎豊 YOKOHAMA ARENA 1991.5.20』
公開:12月1日(土)より、TOHO シネマズ 日劇ほか全国ロードショー (2週間限定公開)
企画・製作:ソニーPCL株式会社、総合プロデュース:須藤 晃、制作協力:ソニー・ミュージックレコーズ、アイソトープ、協力:SSPインターナショナル
上映時間:96分、配給:東宝映像事業部、2012年/日本/カラー
レポート:フードクイーン・佐藤
▼ 上映記念のトークショーに出演した須藤晃氏