10月下旬の日曜22時、電話が鳴った。


「こんな時間に?」と思いつつも電話に出ると「〇〇警察刑事課のAと申します」と受話器の向こうで男性の声。


パクさん(私のこと)の財布が見つかりました」──。


この話は私の身に起きた奇妙な実話である。なお、オチは一切ない。


・はじまり


今からさかのぼること1カ月半ほど前、私は盛大に財布を失くしていた。


お恥ずかしながら財布が無いことに気付いたのは3日ほど経ってから。


スポーツジムの会員証を財布にしまい、3日後に財布からスポーツジムの会員証を取り出すまで財布が無いことに気付かなった。


最近はスマホでほとんどの支払いが出来るから……なんて言い訳はいい。


とにかく私は慌てて最寄りの交番に駆け込み、遺失届を提出したのであった。


・てんやわんや


財布に入っていたのは2万円ほどの現金とカード、そして各種身分証明書。


運転免許所、健康保険証、マイナンバーカード、外国人登録済み証明書。


さらにクレジットカードやキャッシュカード、その他もろもろ。


現金は諦めがつくし、クレジットカードやキャッシュカードもさほど手間はかからない。


が、身分証明書はかなりの時間と手間を要し、先日ようやく全てが復旧したばかり。


と同時に私も財布を紛失したことを忘れかけていた。


・22時の電話


そんなときにかかって来た日曜22時の電話。


このご時世、警察をかたる特殊詐欺事件は何ならスタンダードでさえある。


そもそも財布とはいえ落とし物について、こんな時間に電話がかかってくるものなのだろうか?


私は電話口で刑事を名乗る男性に、この電話が本物であるとどうやって信じればいいのか訊ねた。


すると男性は「〇〇警察署(23区内の警察署)の公式サイトに代表電話があるので、そこにかけ直して私を呼び出してほしい」と言う。


1度電話を切って言われたようにすると、たしかに刑事課のA氏に電話がつながった。どうやらこの電話は本物らしい。


・絶句


さて「ご住所はお変わりありませんか?」「お仕事は何をされていますか?」などと一通り聞かれた後のこと。


私から「どこに財布はあったんですか?」と問いかけた。


するとA氏は「我々の管轄内にある、個人宅の中で発見しました」と言う。


A氏「実は我々に “ある人物と連絡が取れない” と110番通報があって、その方のお宅に踏み込みました。

そこにパクさんの財布があって……その方はお亡くなりになっていました


この時の感情をどう説明すればいいかわからない。結局この日は「またお電話します」と電話が切られた。


・2回目の電話


3日後。


次に電話口の向こうにいたのは同じ警察署のBという刑事。声の感じからするとA氏よりは若いようだ。


財布を引き取りに行く日を決めつつ、財布の中にあったカードや身分証明書について、1枚1枚口頭で確認される。


B氏「残念ながら現金はありませんでした。Aから説明があったと思いますが、このお宅の方は亡くなっています。

……それで、犯人を訴えますか?


──え?


私はそんな考えが1つも無かったことを伝え「ちなみに訴えられるものなんですかね?」と質問した。


すると「手続きはややこしくなりますが、可能は可能です」との回答。


私はそのつもりが無いことを伝え、最も気になっていることを質問した。


ちなみにその方は、自殺なんでしょうか? それとも事件性があるのでしょうか?」──。


ただB氏は「それも含めて現在捜査中です」と、意外と素気ない答え。


引き取りに必要な印鑑等の説明を受け、電話は終わった。


・マジか


この日は会社にいたため、すぐさまこれまでに起きたことを社内のメンバーに共有。


「財布が見つかった家の人が亡くなっている」という事実にみな驚いたようであったが、私が驚いたのはその後の発言だ。


というか、それってパクさんが容疑者なんじゃないですか?


──は?


私はただ財布を失くしただけであったが、状況を考えればそうか。私が容疑者である可能性も否定できないのか。


もちろん身に覚えはないものの、何となくドキドキしてしまうのが人間の性(さが)なのであろう。


・警察署へ


それから2日後。


私は〇〇警察署行きのバスに揺られていた。


警察署で受付けを済ませると、対応してくれたのはCという刑事さん。年齢は20代前半だろうか?


刑事課の取り調べ室に通されると、机の上のは見覚えのある財布が。


財布の中のカードを1枚1枚確認していると、年配の別の刑事さんが入って来た。


するとぶ厚いファイルの1ページを開き、私にこう問いかけてきたのである。


年配の刑事「お亡くなりになっていたのはスリランカ国籍の方でした。

パクさん、この方に見覚えはありませんか?」


在留カードのコピーの中にいたのは、メガネをかけたロン毛の男性。


判別はつきにくいが、せいぜい30代前半といったところだろう。


当然見覚えが無かった私は「うーん、ありませんね」と回答。


すると年配の刑事さんは「そうですか」と言い残し、すぐに取調室を後にした。


・なんだったのか


私はカードの説明を受けながら、Cに気になっていたことをいくつか質問することに。


1つめは「私の財布がスリに遭って、その家に別の財布もあったのでは?」という可能性についてだ。


するとCは「いえ、パクさんの財布だけでした。パクさんの財布は玄関に置いてあったんです」と教えてくれた。


C氏「これが鞄の中だと我々も “盗ったんじゃないか?” と疑うんですが、玄関だったもので。

もしかしたらこれから届けようとしていた可能性もあったのかな、と」


さらに私はもう1度この前の質問した。その方は「自殺だったのか? それとも他殺だったのか?」と。


C氏「正直にお伝えすると “死因不詳” なのでまだ何とも言えません。ただ現在のところ事件性は無いという方向で動いています」


後で調べたところ、死因不詳とは「死因が特定できない状態」のことだという。


ドラマなどで見る「遺体の検視」は、この死因不詳のケースに執り行われるようだ。


最後に「私は容疑者だったのか?」とも単刀直入に聞いてみた。すると……


C「パクさんが容疑者? そうですね、我々としてもあらゆる可能性を探らないといけないので。

遺体のある部屋の玄関にパクさんの財布があったので「んん?」とは思いましたよ(笑)」


・奇妙な実話


事実だけを申し上げると、私が失くした財布はさほど遠くない区にあるスリランカ国籍の方の自宅にあった。


この件について私は亡くなった方を少しも恨んではいないし、その方が盗ったとは1ミリも思っていない。


どういう巡り合わせだったのか今となっては解明できないが、むしろ財布を戻してくれて感謝の念すら抱いている次第だ。


冒頭で申し上げた通り、この話にオチは無い。


ただ財布が失くなったことをきっかけに「奇妙な出来事に巻き込まれかけた」という話である。


最後に、亡くなったスリランカ国籍の彼のご冥福をお祈りいたします。


執筆:P.K.サンジュン
Photo:RocketNews24.
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