
消費者金融などに払いすぎたお金を取り戻す「過払い金請求」。それ自体は個人の自由だが、弁護士や司法書士による請求代行が巨額ビジネスになり、ときに不祥事が発生していることは看過できない。
顧客候補は全国にいる。弁護士事務所なんてほとんどない地方都市でもTVCMが流れ、遠方からスタッフがやって来て無料相談会が開かれている。
先日見かけたチラシも実に巧妙で、思わず「上手い!」とうなってしまった。もちろん詐欺ではないし、結果として消費者も助かるのならwin-winだ。しかし、ごく平均的なリテラシーのシニアが見たらミスリード確定……とちょっと怖くなる内容なのだ。
※記事内の画像は、もとの文意をなるべく変えずに再現したイメージ
・ポイント1 ネット広告ではなくポスティング
筆者が見たのは、インターネット広告ではなくアナログの折り込みチラシ。いわゆるポスティング広告だ。
しかし「スーツできめた代表者の顔写真」や「私はこんなに取り戻せました!」のようなカラフルな視覚情報はまったくなく、ほぼ文章だけの構成。ちょうど家電のリコールのお知らせのような、地味で事務的なA4チラシだった。
若い世代なら中身も見ないでゴミ箱行きだろうが、投函物にはすべて目を通す習慣のあるシニアは多いと思う。華やかなスーパーや家電量販店のチラシに混じると、モノクロ印刷は逆に目立つ。
水道工事とか通行止めとか、地域住民へのお知らせかな、と思って目が留まる。この時点で広告として優秀だ。
・ポイント2 まるで行政文書のようなフォーマット
内容は、過払い金に思い当たる人は無料ダイヤルに相談せよ、というオーソドックスなものだ。しかし表現がまったく「広告らしくない」のがポイント。
フォントは真面目な印象を与える明朝体が中心。「返金額の確認のお願い」のようなタイトルが大きめに記載され、本文にも「重要なお知らせ」「返金が発生しています」といった言葉が続く。使い古された「過払い金」というワードを避けているのは意図的だろう。
当サイトで多用する……使いようによっては少々バカっぽくなるエクスクラメーションマーク(!)はいっさいない。余計な文字装飾も皆無だが、フォントサイズは大きく読みやすい。紙も上質で、簡単には捨てにくい雰囲気になっている。
実際には無差別なポスティングのはずだが、「本状が届いた方」という呼びかけで「あなたへのパーソナルなメッセージです」という印象を与える。
最後に「0120-XXX-XXXで返金額をご確認ください」と締めてある。「ぜひ当事務所にご相談を!」とか「いますぐお電話を!」といった前のめり感はなく、落ち着いたトーンで用件のみを淡々と伝えるのが、かえって信頼感アップ。
電話番号には「○月○日まで」と記載があり、窓口の開設期間が決まっているように見える。期限を区切ることで「そのうち」ではなく「いますぐ」と思わせる効果がある。(しかしよ~く見ると、受付期限ではなく単なるチラシの配布期間のようにも読める。まぎらわしい)
ここまでの流れ……何かに似ている。「こういう制度が始まった」→「あなたが対象になっている」→「希望者は○月○日までに申請するように」という行政文書のフォーマットとまったく同じ! 「これ手続きしなきゃいけないヤツ?」という気にさせられる。
・ポイント3 広告主に依頼する事実をまったく書いていない
とはいえ、モノクロ印刷だろうと行政文書っぽかろうと、それは広告戦略なので自由。紙だからこそできる手法に「効果的だなぁ」と感心するだけだ。筆者がモヤモヤと違和感を抱いたのはここからだ。
中盤には実在のカードブランドを並べ、平均返金額が列挙してある。少なくとも数十万円、中には百万円を超える会社もある。しかしよく読むと、これは調査によって「判明した過払い金額」であって、実際に依頼者の手元に戻った金額ではないっぽい。
「っぽい」というのは、算出方法についての説明がよくわからなかったため。「複数の意味にとれる日本語」はライターなら減点だが、法律文書のプロの仕事なのだから、おそらく確信的である。ほかにも「あえて説明していない」と思われる部分が散見される。
ともかく、事業者がすでにない、事業者の経営不振、時効などで請求できないケースがあるほか、現在進行形の借入金がある場合は返金ではなく減額交渉になるとも聞く。額面通りには返ってこないだろう。
おまけに手続きにかかる費用には、いっさい触れていない! 実際の過払い金請求では、(自分ですべてやるという情報強者を除けば)弁護士・司法書士に対して安くない着手金や成功報酬が発生するはずだ。しかし「契約」「申込」「請求手続き」などの言葉は不自然なくらい出てこない。電話をして初めて、今後の流れを知ることになる。
もちろん無料相談=契約必須ではないし、「地域のみなさまに返金額を知ってもらい、過払い金問題への意識を高めたい」という無償の善意(?)かもしれない。「全員に返金が生じているわけではない」の記載はあるから虚偽でもない。
けれど、チラシの “真の意図” が巧みに隠されている気がしてちょっと怖い。嘘ではない……けれど「あえて説明しない」「あえて複数の意味にとれる表現をする」という、そこはかとない闇を感じる。
インターネット社会の一端に身を置くものとして「ミスリード問題」は他人事ではない。しかし「よく読まないのが悪い」「だまされる方がバカ」とは決して言いたくない。
・広告としては優秀だが……
そもそもの対象者が「消費者金融やカード会社のキャッシングを利用したことのある人」に限られるため、過剰な心配はいらないだろうが、親戚のじぃちゃん・ばぁちゃんたちが簡単に電話をしてしまいそうな、ある意味で優秀極まりない広告だった。
広告色を排して信頼性を高め、かつ高額の返金を受け取る権利があるかのように印象づける。そこに至るまでの道のりは、なるべくぼやかす。
もちろん、チラシのおかげで過払い金が戻ってきて、結果として満足するなら一向に構わない。けれど広告主も商売だ。「無料」「あなたが対象」「簡単にお金が手に入る」などなど、うまい話には裏があることを忘れずにいたい。
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
冨樫さや



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