「魔法びん」という言葉が今も当たり前のように使われているって、よく考えると不思議だ。魔法のびん……。さながらRPGのアイテムである。なぜ魔法びんだけが変わらず “魔法” であり続けているのだろうか?

魔法びんのパイオニアであるサーモスが、世界で初めてガラス製魔法びんを製品化したのが1904年。そう、今年でブランド120周年を迎えた。

その長い歴史を紐解けば、魔法の秘密が見えてくるかもしれない。

・サーモスブランドの始まり

そもそも、サーモスがどこで生まれたかご存じだろうか? 答えはドイツだ。テストに出るかは分からないが、ぜひ覚えて帰ってもらいたい。


今から120年前の1904年。ドイツのガラス職人ラインホルト・ブルガーが「THERMOS G.m.b.H.(テルモス有限会社)」を設立。ガラス製魔法びんの生産を開始した。


……テルモス? 誰? と思われるかもしれないが、「THERMOS(=テルモス)」はギリシャ語で「熱」の意味を持ち、英語では「サーモス」と読む。そう、サーモスブランド誕生の瞬間である。


・世界に広がる魔法びん

1907年にはイギリス、アメリカ、カナダでサーモス各社が設立されることに。これ以降、急速にサーモスの魔法びんが普及し、各国の遠征や探検などに使用されるようになるのだが、その魔法は海を越え、ここ日本にも飛来する。


サーモスの魔法びんが日本にやって来たのは、なんと明治時代のことだった。そんなに前なのか……! 1908年(明治41年)の新聞広告が残っているのでご覧いただこう。そこにはこう書かれている。


「驚くべき発明なる寒暖壜(びん)」


仰々しい言い回しにちょっと笑ってしまうが、個人的に気になったのが「奇々妙々なる寒暖自在の魔法壜なり」という一文だ。そう、明治41年の時点で魔法びんという言葉がすでに使われているのである。これはスゴイ。


・「魔法びん」の親

2013年5月22日付の朝日新聞によれば、魔法びんは動物学者で東京帝大教授の飯島魁(いさお)氏が名付けた可能性が高いという。


なんでも1907年10月22日付の東京朝日新聞に『魔法びん』という記事が掲載されており、その中で飯島氏が「イソップ物語に『魔法びん(マジックボトル)』という話がある」と語りながら、サーモスのびんを紹介しているんだとか。


ただ、実はこれは飯島氏の勘違いで、『宝島』で知られるイギリスの文豪ロバート・L・スティーブンソンの『びんの小鬼』と混同したのでは? と推定されているらしいのだが、いずれにせよ、この記事をきっかけに魔法びんは瞬く間に広まったそうだ。


・時代を映す鏡

1904年に登場した魔法びんは、形状や機能を変えながら世界中で愛用された。当時の広告にはそれぞれの時代が色濃く反映されている。


こちらは1909年にアメリカで展開された、全米を巡回する宣伝車「サーモスカー」によるクリスマスキャンペーン広告。当時の政治家や冒険家など、サーモス製品の愛用者をコラージュで紹介した。


1935年のイギリスの広告からは、水筒タイプや水差しタイプ、フードジャーなど、生活に合わせて様々なタイプが開発・提案されていたことが分かる。


・日本の快挙

そして1978年。日本が世界初の試みを成功させる。後にサーモスを買収することになる日本酸素株式会社(現:日本酸素ホールディングス株式会社)が、高真空ステンレス製魔法びん『アクト・ステンレスポット』を製品化・発売したのだ。


高真空ステンレス製ボトルの登場は、1904年から続く魔法びんの歴史において、革命だったと言っても過言ではないだろう。まさに魔法革命。マジックビッグバンである。


それまでのガラス製魔法びんは、ボトル本体を真ちゅうなどの金属製、またはプラスチック製のケースに入れて持ち運びやすくしていたが、倒したり落としたりすると割れてしまうという致命的な欠点があった。


そこを見事に克服したのがステンレス化である。日本酸素は、“割れない” という従来の製品ではありえなかった未知なる価値を提案し、ステンレス製魔法びんという新たな市場を切り拓いたのだ。


『アクト・ステンレスポット』の登場から4年後の1982年には、子供向けボトル『シャトルミニ』が登場。発売当初よりも手頃な価格帯になったことから、遠足や運動会用として大ヒットした。


私(あひるねこ)が生まれるよりも前の話だが、もしかすると小さい頃に持っていたという読者の方もおられるかもしれない。どこか昭和を感じさせる、あたたかくもノスタルジックなデザインである。


1988年、世界初のチタン製ボトル『シャトルチタン』が誕生。ガラス製からステンレス製になったことで割れなくなった魔法びんは、かつて宇宙開発や航空機、潜水艦などにのみ使われていた金属素材チタンを採用することで、さらなる軽さと強度を獲得する。


こういった革新的な魔法びんの開発を経て、1989年には日本酸素がイギリス、アメリカ、カナダのサーモス事業を買収し、その翌年、サーモス事業部が発足した。世界のサーモス各社が日本酸素の傘下に入ったのだ!


・進撃のサーモス

さあ、ここからはずっとサーモスのターンである。


1999年、冷たい飲みものも、温かい飲みものも直接口をつけて飲むことができる『真空断熱ケータイマグ(JML-351F)』を発売。サーモスの定番アイテムとなった『ケータイマグ』の初代製品で、マイドリンクを手軽に持ち歩くスタイルを提案したかと思えば……


翌2000年には、初となるワンタッチ・オープンの『真空断熱ケータイマグ(JMW-350)』を発売。ボタンを押すだけでフタがひらく機構を搭載した。


2010年になると本格的なマイボトルブームが到来し、『ケータイマグ』は大人気に。魔法びんも1人に複数本の時代がやってきた。


ドリンクを直接飲める『ケータイマグ』は、携帯タイプの魔法びん市場の半分以上を占めるほど定着することに。


2012年に発売された『真空断熱ケータイマグ(JNLシリーズ)』は、軽量・コンパクトで性別や年齢を問わず使いやすいことから、累計出荷本数3,000万本を達成(2012年8月~2024年4月末時点累計出荷本数)。サーモス史上もっとも売れた水筒となった。


・最新作『JNL-Sシリーズ』

そんな『真空断熱ケータイマグ(JNLシリーズ)』が2024年8月、初のリニューアルを果たす。全パーツ食洗機対応で洗いやすく、新構造の飲み口でさらに飲みやすくなったぞ。


最初の魔法びん発売から120年が経過したかと思うと、何やら感慨深いものがあるが、サーモスの歴史ある魔法は今や水筒というカテゴリーを飛び出し、フライパンやアパレル小物にも及んでいるのだ。


・ライフスタイルブランドへ

これまでの製品開発で培った技術と経験を生かし、毎日の料理に役立つアイテムを提案したいという想いから、サーモスは2019年よりフライパンを中心とした「KITCHEN+(キッチンプラス)」を展開。


『取っ手のとれるフライパンセット DA(KSDシリーズ)』は、フライパンごとそのまま食卓に出せるので、あつあつの料理を楽しめる。


新たに3パターンのセット点数を用意することで(3点・5点・8点セット)、ライフスタイルが異なるさまざまなユーザーのニーズに対応できるようになった。


そして2024年、サーモスはアパレル小物を展開する新サブブランド「&ONDO(アンドオンド)」を立ち上げ。


着目したのは、私たちが生活の中で感じる、温度にまつわるストレスのひとつである “冷え” だ。「温度によるセルフケア」をコンセプトに、より温かさや心地よさを体感できる仕様にこだわったアイテムを開発している。


・サーモスの魔法

遠く離れたドイツで生まれた魔法びん。今回は、魔法に彩られたサーモス120年の歴史を振り返ってみたわけだが……私だけだろうか? 知れば知るほど、日本の技術力が魔法そのものでビビっているのは。


さて、そんなサーモスが120周年を記念して、ポップアップイベント「次の心地よいをつくる。THERMOS 120th Anniversary Event」を期間限定開催するという。


2024年10月18日(金)から20日(日)までの3日間(11:00~20:00)。場所は「六本木ヒルズ 大屋根プラザ」(東京都港区六本木6-10-1)である。

本イベントは終了しました(10月21日 編集部追記)


・120年の歴史がここに

会場内には1910年代の貴重なガラス製魔法びんから、記事でも触れた世界初の高真空ステンレス製魔法びん『アクト・ステンレスポット』など、サーモスを象徴する過去の製品や海外での歴代広告が展示されるそうだ。


他にも120周年限定アイテム(真空断熱ケータイマグ、マイボトルカバー、ポケットバッグのセット)や、2024年の新製品、さらにサーモスのミニチュア製品が入ったカプセルトイなども先行販売されるとのこと。詳細は公式サイトをチェックして欲しい。


チャレンジ精神を忘れず進み続けたサーモス120年の道のりを振り返ることができる本イベント。魔法に触れたい人は必ず駆け付けるべし! もちろん私も行くぞ!!

参考リンク:サーモス120周年 スペシャルサイト
執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.

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