2023年のNHK大河ドラマは『どうする家康』。その関係で、ただいま日本には大・家康ブームが訪れているはずだ。

このビッグウェーブに乗ってご紹介したいのが、愛知県 知多の名物『生せんべい』。

家康ゆかりの品である餅っぽい食感の和菓子なのだが、それだけじゃない。まるで人魚姫のような、甘く切ない恋物語をきっかけに作られるようになったのだ。

・徳川ゆかりの『生せんべい』

ここ最近の愛知県の土産物店では、「徳川ゆかりの地」というポスターとともに、それっぽいパッケージのお菓子やら雑貨やらが並べられている。

中にはイラストや名前だけで中身は無関係なことも多いため、話半分ぐらいで眺めていたところ……ガチのガチで超ゆかりがあるお菓子を発見してしまった。

それが『生せんべい』。価格は税込270円だ。

初めて見たときはこう思った。生って付いているけど、「せんべい」というからにはきっと硬いんだろう。

だって これまで生食パンや生キャラメルなど 様々な「生」が付くものを食べてきたけど、通常版から大きく外れた生ものは見たことがない。生せんべいとは、ぬれ煎餅の亜種的な食べ物のはず!


──そんな予想のもと手に取ってみたら、まさかの「ふにゃっ」とする柔らかさに裏切られた。

なんだコレ。一体どこがせんべいなんだ?


・徳川家康ゆかりのお菓子

自宅に持ち帰って調べたところによると、生せんべいの誕生には徳川家康が関係しているのだそうだ。製造元である総本家田中屋のwebサイトから要約してご紹介すると……


永禄3年(1560年)。桶狭間の戦いで今川義元に加勢した、当時18歳の徳川家康。

しかし織田信長の勢力に追われ、やむなく母のいる坂部城(今の愛知県阿久比町)へ逃れたあと、さらに妹の嫁ぎ先である岩滑(やなべ)城(今の愛知県半田市)に南下することとなった。

半田に着いた頃には疲労と空腹に襲われていた家康は、とある百姓家の庭先に干してあるせんべいを目にし、所望した。


百姓家の娘、みつはせんべいが生であることを恐る恐る申し上げたのだが、家康は「生のままでもよい」と、いかにも美味しそうに頬張ったのであった。


翌日、家康に申し付けられて生のせんべいを岩滑城まで献上しに訪れたみつは、天下をのむ気概と精悍な面持ちの家康に心を奪われた。


しかし所詮は届かぬ思い。家康が陣を整えて三河へと去ったとき、みつは知多の山の緑に囲まれた池に姿を消してしまった。

その知らせを受けて村人が駆け付けた時は、朝日にキラキラ輝く雲母があるばかり。

のちにその雲母にちなんで、1枚1枚を重ね合わせた生せんべいを作ることになったと伝えられているそうだ。


・名古屋名物のもととなる?

想像していたよりも切ない物語に胸が締め付けられたが、気を取り直して生せんべいを実食してみよう。


生せんべいの厚さは8mmほどで、2色が4枚組み合わさってできている。


まずは黒い方、黒糖味からいただいてみる。


優しい黒糖の味と香りが口と鼻に広がったあと、もっちりとした食感が特徴的だ。……おや? このお菓子、どこかで食べたことがあるぞ。

えっと。確か、ういろう?


そう思って再び総本家田中屋のwebサイトを見たところ「名古屋のういろうのルーツは生せんべい」との記述があるではないか。ビンゴ! さすがは、永禄3年に生まれたお菓子というだけあるな!!(諸説あります)

白い方はといえば、やさしいはちみつの味と香り。お茶菓子にピッタリな素朴な美味しさだ。


見た感じはわからないけど、薄く伸ばした生地を3枚重ねて作られているんですって。もっちり&ねっちりとした食感は、そこから生まれているのかもしれないな。



・家康に恋して

これまで筆者にとっての徳川家康といえば、教科書に載っているおじさんのイメージしかなかった。

そのため「精悍な面持ち」といわれてもいまいちピンとこなかったのだが、『どうする家康』で家康を演じているのはあの松本潤さんである。

もしも自分が百姓をしていて、庭先に松潤が現れたら。そしてその後 献上品を持っていき、陣を指揮する姿を目撃してしまったら……。

あ、絶対に好きになっちゃうわ。

みつが家康と出会ってから400年以上。生せんべいが現在も食べられていることを知ったら、きっとみつはビックリすることだろう。

恋心は叶わなかったかもしれないけど、あなたが生み出したお菓子は人々に愛され続けているよ! なんだか空に向かって伝えたくなったのでした。

参考リンク:総本家田中屋
執筆・イラスト:高木はるか
Photo:RocketNews24.

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