意味がわからないものが、意味がわからない場所にある。まさにそう表現するしかない風景を見つけてしまった。
大阪市港区。小さな工場が隙間なく立ち並ぶこの街には、一風変わったスポットがある。それが窓を覗くようにビルの屋上から微笑む仏像の頭だ。
一体誰が何のためにこんな場所に仏像を? あまりにも気になったのでビルの所有者へ連絡をとってみたところ、特別に許可をいただき、なんと現物を見せていただくことができた。
それどころか芋づる式に現れた新しい珍スポットに度肝を抜かれることとなったので、共有をさせてもらいたい。
・阪神高速から見える珍スポット
大阪メトロ中央線・大阪環状線の弁天町駅より徒歩10分。阪神高速17号西大阪線には、自転車・歩行者用の歩道橋が併設されている。
階段を登り切れば、目の前にはまっすぐ伸びる高速道路。取材当日は朝から雨が降っており、空はどんよりとした灰色に濁っていた。すぐ隣を車が100km/h近いスピードで通り抜けるため、水しぶきと風が筆者に激しく襲い掛かってくる。すごい迫力だ。
そして画面の右端にチラッと映るオレンジ色の建物が、今回の目的地『安治川コールウェアハウス』だ。
全体像はこちら
よく見てもらいたい。一番上段にある6つある大きな正方形の窓、その左から3番目に見えるシルエット。ここを拡大すると……
仏像だ。
正面から見てみると、その異様さが際立つ。
弁天町は客観的に見て宗教色が強いとは言い難い、ごくごく普通の街だ。周辺に立ち並ぶのは金属加工系の工場が多く、昔から船の部品を作ってきた歴史があるらしい。
その中になんの脈絡もなく突然仏像を放り込んでくるこのオレンジ色のビルには、一体どんな由来があるのだろう? もしかしてヤバい施設なんじゃないか??
正体を確かめてみせるぞ、そう思いながら仏像を見つめた。
歩道橋を降りて歩き始めると、すぐにオレンジ色の建物が見えてきた。残念ながら地上からは仏像はまったく見えない。
この安治川コールウェアハウスを所有・管理しているのは株式会社丸井商会。燃料を中心とした石油関連商品を取り扱う会社なのだそうだ。
そして今回案内してくださるのは、2軒隣の建物、丸井商会が経営をしているというこちらの小劇場『世界館』の林田館長。
石油の会社が経営する劇場という時点で筆者の頭の中は「?」でいっぱいなのだが、まずは屋上へ案内していただくことになった。
・いざ、安治川コールウェアハウスの中へ
こうして正面から見る限りはなんの変哲もないビルなのだ。
中へ入り、案内されるがままにエレベーターへ乗り込む。
エレベーターに乗るとなぜか人は無口になる。普段は筆者もそうなのだが、この時ばかりは興奮のあまり逆に饒舌(じょうぜつ)になってしまった。
林田さんによると、安治川コールウェアハウスは一般的なオフィスビルと同様に複数の会社がテナントとして入居しているのだそうだ。屋上階である7階も面積の半分はオフィスとして使われており、土足厳禁となっている。そのため一旦靴を手に持ち、カーペット張りの廊下を歩く。
屋上への扉の鍵を開けていただく。この先に待ちに待った景色が広がっているはずだ。
と思ったら、なにやら設備がたくさんあって壁ができていた。この角を曲がれば……
あっ
間違いない、さっきの仏像だ!
そしてその目線の先には……
阪神高速。そして広がる大阪湾。
歩道にいた時は「筆者が仏像を見ている」のだと思っていたが、ここからの景色を見ると「筆者が仏像に見られている」という表現の方が正しかったのではないかと感じた。というよりも、仏像はこの大阪湾全体を見守っているのではないかとすら思ってしまった。
・仏像はバリ島雑貨店の名残だった
改めて隣に立つとかなりの大きさである仏像。なぜこんな場所に置かれているのかと林田さんにうかがうと、
林田さん「以前弊社がこの建物内でバリ島の雑貨屋とレストランを経営していて、その時に商品として輸入したもののひとつです。たしか当時は同じものが3つぐらいあったんじゃないかな……」
──バリ島の仏像なんですか! それをなんでまた屋上に置いたのでしょう?
林田さん「お店の宣伝的な意味もあったようです。当時はこの下に垂れ幕みたいな形でお店の看板を出していました」
──今はもうそのお店はなくなってしまったんですよね? それなのになぜ仏像だけが残されているのでしょうか。
林田さん「いくつか理由はあるのですが、ひとつは降ろすのにも莫大な労力とお金がかかるためです。この仏像は青銅でできているそうなのですが、中身は空洞のため見た目ほどは重くないんです。
ただしやはり大きさはあるので、動かすにはクレーンが必要なんですね。そんな中で別に撤去する理由もないんじゃないか、ということになり設置を続けることになりました」
──本当だ、意外と薄いんですね。指でつまめるぐらいです。
林田さん「ふたつめは、神様なので大切にすべきという考えからです。弊社の社長はかつてより仏教を大切にしており、地蔵盆で地域の子供たちにお菓子を配ったり地域の祠(ほこら)を修繕したりといったこともしていました。
今年はコロナ禍で地蔵盆ができなかったので、代わりと言ってはアレですがお坊さんをこの屋上にお呼びしてお祓いをしていただき、社員で仏像を磨いたんですよ」
濡れているのでわかりにくいが、確かにツヤツヤとキレイな気もする。
林田さん「そして最後は、中には高木さん(筆者)のように取材をしてくださったり、阪神高速の歩道まで見に来てくださったりする方もいるからです。社長は人に面白いと思ってもらえることがとても好きでして」
もはや仏像は街の名物になりつつある。
林田さん「ところで、実は弊社には他にも巨大なモニュメントがあるのですが、今から見に行きませんか?」
……え? これは予想していない展開だったのだが、実はこの付近にまだ珍スポットコレクションがあるらしい。筆者自身、珍スポットが好きなこともあり、急遽追加取材をすることとなった。
・なにこれ!? って言いたくなる
ということでやってきたのは、安治川コールウェアハウスから車で3分ほどの場所にある丸井商会経営のガソリンスタンド『三菱商事エネルギー安治川SS』。
林田さん「アレです」
正面、つきあたりにある建物がそうなのだが、よく見ると屋上に巨大な何かが乗っているのがわかる。あれは……
手、なのか?
ということで建物内に案内をしていただいたのだが、入って早々に
灰皿デケぇ~!!
靴もデケぇぇぇ~~!!!!
巨人の飲み物かよぉぉ~~!?!?!?
この会社は一体どうなってるんだ……? そして極めつけは屋上。
これはもはや現代アートだろ。
──いやいやいや……いかに言っても大きすぎますって。これは一体なんですか?
林田さん「社長が趣味で集めた、元々はCGが無い時代の海外映画のセットに使われていた大道具だそうです。この電話と手のモニュメントはこの建物内のテナント募集をしていた時に設置したもので、当時は大阪環状線の線路に向けて電話番号を掲示していました」
遠くに見える白い橋が環状線の線路だ。
林田さん「どうもあの橋は信号待ちや到着のタイミング調整に使われるみたいで、よく電車が停まっているんです。そのため乗客の方が見てくださることも多いみたいですね」
後ほど環状線に乗って撮影した様子。無機質な建築物群の中ではかなり異質な存在であった。
ということで、以上が弁天町の珍スポット巡りの内容だ。
ビルの屋上から顔を覗かせる謎の仏像の頭の正体はバリ島雑貨店の名残、その他の巨大モニュメントはまさかの社長の趣味ということであった。芋づる式に大量の珍スポットを見た影響で、現代アートの展示へ行った後のような満ち足りた気分になった。
なお林田さんによれば、丸井商会の経営するセルフ式のスタンドの中には今回ご紹介したものと同様に巨大モニュメントが設置されている場所があるそうなので、興味のある方は是非探してみてほしい。
参考リンク:株式会社丸井商会、世界館
執筆:高木はるか
Photo:RocketNews24.
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▼仏像はかなりしっかりと固定されていた。
▼小劇場『世界館』内にも巨大モニュメントが存在する。これは『金のううう聖人(未来の原始人)』という作品
▼同じく『世界館』内、巨大な本のモニュメント
▼3つの巨大モニュメントが集まる階段は、まるで美術館のようだ