全国的に飲食店は大変厳しい状況にある。特に東京をはじめとする首都圏では、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、再び緊急事態宣言の発令が決定された。「なんとか年を越した」というお店も多いなかで、再び経営面で大打撃を受けることになるかもしれない。日本屈指の歓楽街、新宿・歌舞伎町は年末に戻ってきた客足が、また遠のくことになるだろう。
飲食店関係者は今、何を思うのか? 1人焼肉の先駆け「立ち喰い焼肉 治郎丸」の店長で、元プロ野球選手の中村隼人さんに、現在の率直な気持ちを尋ねた。
・元投手、中村隼人さん
中村さんは2000年のドラフト会議で、日本ハムファイターズに4位で入団。2001年からの4年間、同球団で投手を務め、04から05年まで読売ジャイアンツに在籍した。退団後は飲食店などで経験を積み、2014年7月に治郎丸の店長に就き、テレビやネットで話題になる人気店に育て上げた。
治郎丸は一時は15店舗を展開するまでに成長し、彼自身もフランチャイズ店舗の立ち上げなどに携わっている。ここ数年は、インバウンド需要もあいまって、順調に営業を続けていた。新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、1度目の緊急事態宣言発出時には、休業を余儀なくされた。そしてこの度、2度目の緊急事態宣言を迎える。
・2020年春、1度目の宣言時は休業
中村 「去年の春は営業を休んでましたよ。焼肉屋という性質上、人が来ないと肉が傷んでロスが出るので、仕入れをしようにもできないじゃないですか。だから、あの時は思い切って休みにしてましたけどね」
佐藤 「たしかにそうですよね。肉は鮮度が大事でしょうから、ずっと冷凍保存している訳にもいかないでしょうし」
中村 「そうなんですよ、中途ハンパにお店を開けておくなら、締めてる方がマシかなと……。とはいっても、営業しなければ売上もない訳ですけどね」
佐藤 「ぶっちゃけ、平年の売上と比べると、どのくらい売上が落ち込んだんですか? 」
中村 「例年の3分の1以下ですかね。うちは外国人観光客も多く来てましたからね。そこらへんが全部なくなった。でも、外国人だけが来るお店でもなかったので、インバウンド需要だけで見込みを立ててたお店よりは、まだよかったと思ってます。近頃は新しいお客さんも少しずつ来てくれるようなったので、その点は良いところかなあ……。新しいお客さんが来てもらえるのは、純粋にうれしいことですよね」
佐藤 「じゃあ、3分の1の売上がずっと続いている訳ですね」
中村 「春・夏の売上は本当に微々たるものだったんですけど、10月頃から少し持ち直してきたんですよね。歌舞伎町にも人が戻ってきて、その調子で年末を迎えるのかな? なんて思ってました。どっちみち1・2月は例年売上が落ちるので、その貯えになればいいな、なんて思ってたんですよ」
佐藤 「それがまた緊急事態宣言ですね」
中村 「ですね……。4日にニュースで(緊急事態宣言が)出るかもってやってたのを見たので、こりゃまずいなと思って、仕入れを一旦止めました。20時までの営業時間短縮ってことになれば、あまり在庫を持ってもしょうがないので。幸い、まだ年始の営業を始めていないタイミングだったので、少しだけ考える時間があったのはよかったです。
まずは開店時間を11時30分から10時30分に1時間繰り上げることにして、20時まで営業するスタイルでやってみようと思います。うちは夜1本じゃなかったから、それだけでも少しマシかな」
佐藤 「17時から営業する飲み屋や居酒屋はやってられないでしょうね」
中村 「そういうお店に携わった経験もあるんですけど、飲みだけのお店でなくてよかったですよ、本当に。宣言について「今かよ」って声もあるけど、今でよかったと思いますよ。まだ今年も始まったばかりだから、すぐに対応できるじゃないですか」
佐藤 「そうですね、1月の中旬や下旬ならもっと混乱した可能性もありますね。とりあえず時間を繰り上げて、早めに締める体制でやっていくわけですね」
中村 「そうですね、時間とあとはシフトかなあ。うちのお店は、自分を除けばアルバイトの子たちだけなので、最悪は1人でやりますよ。1切れずつ肉を出すお店でそんなに広くもないので、1人でもなんとかなると思います。小さいお店でよかった」
・少しでも良かったことを
佐藤 「プロ野球を卒業して飲食業界に入ってから、今が1番厳しいですか?」
中村 「そうですね。でも自分だけじゃないし。たぶん、自分は恵まれているだと思いますよ。プロアスリートのセカンドキャリアってとても難しくて、次の仕事で実績を重ねるのは大変なんですよ。自分の場合は、高校卒業して特待生で大学に進学してて、勉強をちゃんとしてなかったんですよね。競技によっては高卒からプロとかになるでしょ? その競技のことしか知らない人なんてザラですよ。それがゼロから仕事のことを身に着けるって、厳しいんですよね。自分は良いめぐり合わせで飲食に行けて良かったと思っています」
佐藤 「中村さん、先ほどから伺っている内容に「良かった」って言葉が多い気がするんですけど」
中村 「何か少しでも良かったと思うことを考えてないと、やってられないでしょ。今は辛抱しかないって思ってます。そのためには、まずできることを少しずつやるしかないんですよ」
佐藤 「そうですね、とくに飲食業界の皆さんは、法人だろうと個人だろうと半年先、3カ月先、いや1カ月先でさえも見通せないかもしれない。何とか感染者数が減っていくまで、がんばって欲しいですね」
中村 「飲食だけじゃないでしょうけどね。みんながんばるしかないと思いますよ」
中村さんの言葉には暗さがなく、度たび笑いながら話す姿に、覚悟のようなものを感じた。「胆力(たんりょく)のある人」とでも言おうか。胸の内はきっと穏やかではないと思う。それでも、どっしりと現実を見据える眼差しの強さがある。この先、事態はどう転ぶかわからないが、1日も早く新型コロナの感染拡大が収束に向かい、マスクなしで肉を食える日がくることを切に願う。
・今回取材した店舗の情報
店名 立ち喰い焼肉 治郎丸新宿本店
住所 東京都新宿区歌舞伎町1-26-3 かぶきビル 1F
時間 10:30~20:00(短縮営業時間) 通常11:30~翌4:20
定休日 年末年始
取材協力:立ち喰い焼肉 治郎丸新宿本店
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24