町を歩けば、だれもがスマホで自撮りをしまくり、気に入った写真をSNSで共有する時代。私たちはそれが当たり前の世界に生きている。
しかーし、かの坂本龍馬が長崎の写真館に立ち寄った約160年前。写真撮影というのは、それこそ半日がかりの大仕事だった。
高価な機材と薬剤。被写体はレンズの前で数十秒間も息を止め、くたくたに疲れ果てた挙げ句、「もしや、魂を抜かれたのではなかろうか」などと不安におののく。写真撮影とは、それほど大それた行為だった。
そんな幕末から明治にかけての古典的な写真技法「湿板写真」が復元され、最近密かに人気を集めていると聞いた私は、子々孫々に龍馬のような威厳ある肖像写真を残すべく、ある写真館の門を叩いた。
・龍馬も撮った湿板写真を完全再現!
今回お世話になったのは、神奈川県本厚木で「かとう写真館」を営む加藤芳明さん。地元で湿板写真の作品展を開くなどして、伝統技法に取り組んでいる。
磨き込んだガラス板にコロジオンという薬品を流し、さらにそれを暗室で硝酸銀に浸してホルダーに収め、カメラに装着。薬剤が乾燥しないうち、感光させる……というのが、湿板写真の撮影の流れだ。
加藤さんが湿板写真を始めたのは5年ほど前。古典的な写真技法の研究でその世界では有名な、東京・麻布十番の「田村写真」で技法を学んだ。
撮影と現像には、高価な硝酸銀をはじめ、多数の薬品が必要。そのため一枚あたりのコストは高く、巷では2万円〜3万円の撮影料が相場らしいが、かとう写真館ではよりお手軽なお値段で湿板写真を体験できる。
加藤さんいわく、湿板写真は薬品の濃度やその日の温度、湿度によっても仕上がりが激変するそうで、最初の2〜3年は手探り状態。失敗に失敗を重ね、コツを掴むまで何度も心が折れかけたという。
写真館の奥に鎮座する年季を感じる木製の巨大なカメラと、カメラをとりまく仰々しい照明装置。聞くところではISO感度が1程度しかないらしく、かの坂本龍馬はカメラの前で20秒間も静止していたというが、現在ではこの照明装置のお蔭で、露光時間を5秒程度まで短縮できるという。
カメラの前でポーズの練習を終えると、加藤さんは予め磨き込み、感光剤を流したガラス板の収まったフォルダを、木製カメラに装着。合図とともにレンズカバーをそっと外し、約5秒。再びカバーを閉じる。私は死ぬ気でじっとしていなければならない。
このとき無意識に頭が動かないよう、カメラの死角となる後頭部には支えが置かれる。この金属製の「支えスタンド」も、写真創世記に使われていた年代物だ。
撮影が終わるや、加藤さんは暗室へ移動。感光したガラス板に現像液をかける……と、心なし貫禄の増した自分の顔が、ガラス板にもやもやと浮かび上がってきた! 知識としては知っていたが、やはり本物の暗室で実物を見ると感動的だ。
映像の浮かんだガラス板は水洗いして乾燥させ、さらに上からニスを垂らし、全体をコーティングする。以上はすべて手作業。これでも幕末と比べたら格段にスピードアップしているのだろうが、いつものデジカメ撮影と比べ、一枚の写真にかかる時間が半端ない。これ以上贅沢な写真もないだろう。
仕上がりは「紙」ではなく、桐箱に収められたガラス板が手渡される。さらに細かいことを言うと、ガラス表面をコーティングしたニスが乾くまで、数日寝かせたほうがいいそうだ。
できあがったガラス板には霧のような像しか見えないが、おもむろに黒布を敷いてその上に置くと、シャキッとした像がババーンと浮かび上がる。というわけで、最初は高いと感じた湿板写真の撮影料も、最初から最後まで手順を見ると、逆にこんな値段で商売になるのかと心配になってしまう。
「もう一枚、着物姿で撮ってみますか?」
この日は悪ノリして、用意されていた加藤さんのご先祖の着物を拝借。カメラの前でレンズを睨み、5秒……。おおっ! コントラスト強めに仕上がった写真は、坂本龍馬というよりも、犬神家の一族を思わせる不気味な雰囲気……。むろん和服に限らず、衣装の持ち込みは自由! 皆さんも、子々孫々に伝える一世一代の写真を撮ってみてはいかが?
・今回ご紹介した店の詳細データ
名称 かとう写真館
住所 神奈川県厚木市旭町2丁目7-20
電話 046-228-0787
交通 小田急線本厚木駅
Report : クーロン黒沢
Photo : Rocketnews24.
▼スタジオ奥に鎮座する1800年代の骨董カメラ
▼迫力満点のクラッシックレンズ
▼ガラス板をゴシゴシ磨いて
▼磨いたガラスにコロジオン液を流し
▼カメラの前でポーズを作る
▼動かないよう、首の後ろをこいつで支える
▼約4〜5秒。身じろぎもせず息をとめる
▼撮影後、暗室で手早く現像
▼ただのガラス板に
▼古い映画で見たような像が浮かびあがる
▼できた! と思いきや、作業はまだ続く
▼乾燥させ、ニスを流し
▼再び乾燥。加藤さん大忙し
▼折角なので、借り物の和服でもう一枚
▼犬神家というか、三味線のお師匠さんみたいな
▼桐箱に入れてもらえるぞ