ロンドンを分断するように流れるテムズ川。『不思議の国のアリス』や『シャーロック・ホームズ』など、物語の舞台となることも多いため、どことなくお洒落なイメージを持っている人もいるかもしれない。
そんなテムズ川のほとりでイングヴェイしていたところ、突然後ろから声をかけられた。「何してるの?」と。振り返るとそこには美女が立っていた。
・イングヴェイとは
イングヴェイ・マルムスティーンは1980年代に速弾きギタリストの先駆けとなった人物だ。そのハイスピードかつエモーショナルな速弾きは、現在も多くのギタリストに影響を与え続けている。
音楽家として売れたい私(中澤)が、ロンドンの路上でイングヴェイを弾いたのは以前の記事でお伝えした通り。この話は、路上に出るため調査を行っていた時の出来事である。
・テムズ川とイングヴェイ
しかし、路上に出るための調査がなぜテムズ川なのか? 実は、初日にロンドンに繰り出した時、ヒースロー空港にハードケースを預けたのだが、ケースの中にピックを忘れてしまったのだ。
ピックのない速弾きギタリストなんて翼をもがれた鳥と同じ。だが、現在地から楽器屋は遠い。そこで、テムズ川のほとりに落ちている石や貝殻でなんとか速弾けないか試行錯誤していたのである。
・誘う美女
石は表面がザラザラしていて引っかかりまくるので無理だ。貝殻を削ってみたらどうだろう? 美女に声をかけられたのはそんな時だ。したがって「何をやっているのか?」はむしろ私が聞きたい。なぜ私はテムズ川のほとりで貝殻を削っているのか。
私「イングヴェイしてるのさ」
美女「イングヴェイ?」
私「そう、こういうの(石でちょっと弾く)」
美女「ラウドね! 凄く良いわ」
私「ありがとう」
──私のつたなすぎる英語能力ではこれくらいのやり取りが限界なので、再びピックの代わりになるものを探す。この貝殻ならどうだ? ダメか。
・今井貴雅という男
その間、一緒に行動していたバンド『si,irene』のドラマー・今井貴雅が美女と何やら盛り上がっている。ヤツも英語はそんなに話せないはずだが……。
そもそも、これって海外旅行でよく聞くヤバイパターンなんじゃね? エレキギター抱えながらロン毛のヅラとグラサンして貝殻削ってる外国人(私)に意気揚々と話しかけてくるなんてオープンにもほどがある。
有り体に言うと、街を案内するって言って金を脅し取ったりする詐欺なんじゃないだろうか。と、思いながら、2人の話を聞いていると……
美女「良いスポットがあるの! 良ければ案内するわ」
ほら来た! 親切すぎるし一緒にどこかに移動するのはちょっと怖いなあ……と思っていると、今井は返す刀でこう答えた。
今井「ホント!? ぜひぜひ!」
──行くんかーーーーーーい! とは言え、今井の海外経験は私より少し多い。私が疑いすぎか? 確かに悪い人には全く見えない。
・誘われるがままなイングヴェイ
そこで、ついて行ってみることにした。男2人だし、怪しい雰囲気になったらアンプとか置いて全力で逃げたらなんとかなるはず。
どうやら美女のオススメスポットはバスに乗らないと行けない遠い場所みたいだ。イギリスのバスに乗るのも初めての我々は、美女に言われるがままバスに乗り込んだ。
・不安なイングヴェイ
道すがら名前を教えてくれる美女。どうやらシルビアというようだ。シルビアは、ハンガリー出身でここ5年くらいロンドンに住んでいるという。名前を教えてくれたことでちょっと安心。それにしても結構遠いな。もう10分はバスに揺られている。
流れる景色は、大きい建物が並ぶロンドンど真ん中からちょっと変わって、下町感が出始めている。ストリートみの強い落書きも結構目につくようになってきてる気が……。その時、シルビアが言った。「次の停留所よ」と。
バスを降りると、住宅街の中を迷いなく歩いていくシルビア。同じく迷いなくついていく今井。そして、周りの風景が気になる私。なんかどんどんひと気のないところに入って来てるような……。
・衝撃的なものを発見してしまうイングヴェイ
住宅街を抜け、鉄道橋の下をくぐる道をスタスタ進んでいくシルビア。スタスタついていく今井。車2車線の大きい道なのだが、アーチ状になった鉄道橋の壁には大きく黒い鉄の門が備え付けられていた。さらには、「WARNING(警告)」的な看板も。
船着き場をズバンズバン抜けていくシルビア。ズバンズバンついていく今井。そこで、私は決定的なものを発見してしまった。嘘だろ……? 停泊している船が……
海賊旗掲げてるやん……!!
ひょっとしてシルビアは海賊なのだろうか? 今逃げるべきじゃないのか? 焦る心。しかし、私が逡巡しているうちに、シルビアと今井はバコンバコン歩いていってしまう。待ってよ~!
・めっちゃビビるイングヴェイ
そして、川べりの細い遊歩道にザシャリシザシャリシと入っていくシルビア。ザシャリシザシャリシとついていく今井。ひと気がゼロだ。なおかつ海賊船が乗りつけられる広さもある。これ以上はヤバイ……! と、その時シルビアが言った。
「ここよ」
──キ、キタァァァアアア! アンプを気づかれないようにソッと置く私。なんか動きがあり次第速攻でダッシュできる準備を整える。海賊船はまだ来ていないようだ。ということは、建物に潜んでいるのか? どこだ? どこにいやがる!
…………。
……………………。
…………動きがない?
おそるおそるシルビアの方を見ると「どうしたの?」という顔。景色を見ると確かにキレイだ。空が開けていてテムズ川の広大さを全身で感じられる。ひょっとしてガチでこの景色を見せたかっただけ?
シルビアただの良いヤツかよ……!
・ホッとするイングヴェイ
もちろんお金とか請求されなかった。無償で外国人である我々に半日くらい付き合ってくれたのである。出会いから含めて全てが予想外すぎるわ! というわけで、シルビアのお気に入りスポットで3人で記念撮影して別れた。
なお、我々は数日後にロンドンでバンド『si,irene』としてライブを行ったのだが、それにもシルビアは顔を出してくれた。良いヤツすぎるだろォォォオオオ!!
ちなみに、シルビアもミュージシャンらしく、ロンドンの路上ライブのルールを教えてくれたのも彼女だ。これも1つの音楽がつないだ縁。彼女との出会いはイギリスでの大きな思い出の1つである。疑ってごめん。
参照元:Instagram @yngwiemalmsteen_official
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.