目的もなくフラリと古本屋へ立ち寄ったときに限って、思わぬ “お宝本” を発掘することがある。筆者も先日、偶然見つけてしまった。日本を代表する映画界の巨匠、黒澤明・宮崎駿両氏による共著『何が映画か 「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』というタイトルだ。
映画ファンであり、ジブリファンでもある筆者は迷わず買って読んでみたのだが、それはそれは興味深い内容だったので読者の皆さんにご紹介したい。
・静岡での対談
対談は1993年4月、静岡県御殿場市内にある黒澤監督の別荘で行われ、その模様は翌月テレビで放送されたようだ。本書は、その数カ月後に出版されている。一体、どのような雰囲気で行われているのかというと……
黒澤明「宮崎さんの作品は、僕、みんな見てますよ。『紅の豚』は残念ながら見てないんだけども」
宮崎駿「いえ、ご覧にならないでください。恥ずかしい……(笑)。」
黒澤明「(中略)とくに『となりのトトロ』の、あのバスなんか好きだったな、面白くって」
宮崎駿「どうも、いやあ……」
──と、とにかく恐縮しっぱなしなのである、あのスタジオジブリの巨匠・宮崎駿監督が。それもそのはずで、当時52歳だった宮崎監督の対談相手は “世界のクロサワ” こと黒澤明監督(当時83歳)なのだから、当然ともいえる。
・ ”聞き役” 宮崎駿
本書を読む限り「対談」は形式上なものであって、実際は宮崎監督が終始「聞き役」に徹し、本のサブタイトルにもある『七人の侍』をはじめとしたクロサワ映画の裏話を紐解くような内容となっている。
時折、宮崎監督の作品についても話が飛ぶこともあるが、冒頭で紹介したやりとりのように、宮崎監督はあまり多くを語らず、むしろ黒澤監督を立てるために自分は一歩も二歩も三歩も下がり、とにかく大先輩の話を引き出そうとする姿勢がひしひしと伝わってくる。
宮崎監督といえばNHKの密着番組で見せる映画製作に苦しむ姿や、ときには憮然とした態度や口調でスタッフなどと接する姿が印象的だ。 “宮崎節”とも言えるその語り口はどこか哲学的で、アニメーションに対する並々ならぬ情熱と覚悟をいつも感じさせる。
そんな宮崎監督が、この本にあるような “低姿勢” で、かつ抑制的に目上の人と接する姿を思い浮かべると、非常に新鮮だ。
・対談を終えて語った緊張「自分は小僧」
本書の後半には、対談から数日後に行われた宮崎監督へのインタビューが収録されており、黒澤監督との対談について次のように振り返っている。
宮崎駿「黒澤監督は、一つの時代をちゃんと持った人ですから、こちらは払うべき敬意をきちんと払わなければいけない。ですから、自分は緊張するだろうなと思っていたのですが、その通り緊張しちゃいました(笑)」
やはり黒澤監督を前にして、宮崎監督は非常に緊張していたようだ。さらに……
宮崎駿「本当に、自分の義理の父と話してるときと非常に印象が似ていました。僕も、こんな白髪でね、職場にいるとジジイなんですけど、黒澤監督の前だと “小僧” になっちゃうんですよ。小僧のできることといったら、何がありますか(笑)。
やはり、お話を伺った方がいい。というわけで、最初にいいましたけど、やっぱり緊張しました。僕が緊張していることがわかって、黒澤さんはほぐそうとしてくださったと思いますね」
自身を “小僧” 呼ばわりし、再び「緊張した」ことを口にする宮崎監督。ここまでかしこまる様子は、筆者の記憶にある限り見たことがない。
……と、ここまで読んでいると、宮崎監督がいかに平身低頭し、黒澤監督に対して最大限の敬意を払っているのかが見て取れるが、ある話題になると “宮崎節” がついに炸裂する。
・「実写映画は?」
それは、インタビュアーから次のような質問を向けられたことに端を発する。
インタビュアー「これは、他の機会に黒澤監督からお聞きしたことなんですが、宮崎監督に『実写を撮ってほしい』というようなこともおっしゃっていましたが……。」
すると、宮崎監督はこう切り返す。
宮崎駿「それは、外交辞令なのか、それとも本音なのかわかりませんが、もし本当にそうおっしゃったとしたら、僕は失礼だと思います。
それは、僕が黒澤監督にアニメーションをやってほしいというのと同じぐらい、現実性はないですよ。アニメーションと実写は共通するところを沢山もっているだけで、違うジャンルなんです。また、もし、アニメーションに比べたら実写のほうが上だと思ってそうおっしゃったなら、異議申し立てをするつもりです」
・「失礼」の真意は?
アニメーション映画監督が実写映画を、あるいは実写映画監督がアニメーション映画を手がけることは少なからずある。黒澤監督が実際にそう言ったかどうかは別として、宮崎監督に実写映画の監督を望むことはそれほど失礼なことのようには思えない。
しかし、文字通りアニメーションに人生を捧げてきた宮崎監督に実写映画の製作を提案するのは恐らく、それまで自分が積み上げてきたモノを全否定するのに等しい要望だったのかもしれない。一方で、黒澤監督が礎を築いた実写の日本映画界という ”聖域” に、自分も軽々しく踏み込むつもりはないという敬意を示しているようにも感じ取ることができる。
・アニメーションへの強い思い
また「アニメーションに比べたら実写のほうが上だと思ってそうおっしゃったなら、異議申し立てをするつもりです」という発言については、額面通り受け取っていいのだろう。つまり、アニメーションには実写映画に匹敵する、いや、上回るほど魅力があるということを宣言しているのではなかろうか。
あれだけ恐縮していた黒澤監督に(本人不在とはいえ)「異議申し立てをするつもり」だなんて……自分の仕事に対する確固たる誇りと熱意を感じさせる言葉に、筆者は鳥肌が立った。
・映画ファンは必見!
……と、こんな調子でインタビューパートにおける宮崎監督は、黒澤監督との対談時とは打って変わって、まるで水を得たポニョのように生き生きと自身のことを語っており、非常に読みごたえがある。
もちろん、本書のメインコテンツともいえる対談パートでは黒澤監督が自身の作品の裏側について惜しげなく語っており、全編にわたって巨匠二人による貴重な発言を読むことができる。まさに ”掘り出しモン” の本だった。興味を持った方はぜひ入手して読んでみてほしい。
参考リンク:「何が映画か」(Amazon)
執筆:ショーン
Photo:RocketNews24.
イラスト:稲葉翔子
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ショーン


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