人類が地球外で生活する未来は、本当に来るのだろうか? 火星移住に関する計画は、ここ数年世界的にも話題となり、永住を目指す「マーズワン」などが良く知られているのだが、計画がどのように進行し、いつ地球から飛び立つのかはいまだ不明のままだ。

実は地球上で火星移住に関する模擬実験は、すでに何度も行われている。その経験をもとに、南極観測船として知られる「しらせ(SHIRASE)」を実験の場として活用しようとする動きがある。極地建築家の村上祐資(ゆうすけ)氏は、自らが隊長として参加した模擬火星実験の経験をいかして、SHIRASEで大胆な挑戦を行おうとしているのだ。

・引退したSHIRASE

SHIRASEは日本において3代目の南極観測船である。1983~2008年までの25年にわたって日本と南極の昭和基地とを往復してきた。2008年に引退した後に、株式会社ウェザーニュースの創業者である石橋博良氏が “地球環境のシンボル” “環境問題を考える場” として活用したいという強い願いから引き取り、現在千葉県の船橋港に係留。同社が設立した一般財団法人「WNI気象文化創造センター」が管理運営を行っている。


・南極越冬隊経験者

火星とSHIRASE、まったく接点がないように思うのだが、この2つの架け橋になった人物が村上氏だ。彼はこれまでに、南極やヒマラヤなどさまざまな極地へと足を運んでいる。2008年に第50次日本南極地域観測隊の越冬隊員として参加、約15カ月にわたってミッションスペシャリストとして地球物理観測に従事した経験を持つ。


さらには、「The Mars Society」が計画を発表した模擬火星実験『Mars160』で、3年間にわたる選考を経て、副隊長に選出。2017年に米MDRS基地・北極圏FMARS基地で計160日の実験生活に参加している。2018年には『MDRS Crew191 TEAM ASIA』で隊長を務めている。

現在は、自らが代表を務める「特定非営利活動法人フィールドアシスタント」を立ち上げて、極地冒険で得た経験をもとに講演や執筆活動を行っている。


・長期間閉鎖的な環境で暮らすということ

ではなぜ、そんな村上氏がSHIRASEを模擬宇宙生活施設として活用することを思い立ったのか? その理由についてこう語っている。


村上「火星に行くのに片道300日かかると言われています。もしも火星に人を送り込むとしたら、滞在期間を含めて約4年はかかると見込まれています。どれだけ健常な人で、厳しい審査を通過したとしても、限られた人数で閉鎖的な空間にいられる限界は、約半年であることがわかってきています。

そんな状況でNASAをはじめとする有人火星探査関係者は、世界の南極観測隊のノウハウに関心を持ったんです。というのも、南極観測隊は通常、閉鎖的な空間で大勢の人間が長い間共同生活をおくるからです。たとえば日本の観測隊もこれまでに60年もの間、昭和基地の閉鎖的な空間で、職務に従事する30~50名の人々の生活環境や精神面を支えてきています。

もしかしたら、有人火星探査に携わる人達が気付いていないことを、南極越冬隊で極地経験を培った自分なら、見つけることができるのではないか? そう考えるようになりました」


火星移住計画と越冬隊での経験が、彼のなかでつながった。SHIRASEのさらなる有効活用を模索している段階でもあり、船内の閉鎖的な空間は、宇宙空間を再現するのにお誂え向きだったのである。


・SHIRASEを「宇宙」と「地球」に分けて

模擬的な宇宙生活施設を作るために、SHIRASEを大きく2つのエリアに分ける。地球エリアと宇宙エリアだ。宇宙エリアはさらに「宇宙船内」と「宇宙船外」の2つに分けられる。参加するクルーは基本的に閉鎖された宇宙船内で生活することになり、必要に応じて船外エリアに移って活動を行う。地球エリアからは、適宜交信をとることになる。ちなみに宇宙であることを仮定して、地球エリアと宇宙エリアの間には6分のタイムラグを設ける。


模擬宇宙生活の期間は2週間。参加クルーは、隊長・隊長・HSO(ヘルスアンドセーフティーオフィサー)・ジャーナリスト・エンジニア・ミッションスペシャリストの6名で、2名1組になって3交代でミッションに当たるとのこと。食事はすべてフリーズドライの宇宙食。シャワーは週に2回。遠隔ではあるが医療チームも控えている。

SHIRASE船内でクルーが滞在する予定の部屋を見せてもらった。さすが本物の南極観測船、客船とは異なり居心地はそれほど良さそうではない。こんなところに2週間も滞在するとは。窓のない部屋で外を見ることもできないから、さぞストレスが溜まるだろう……。


模擬火星空間を作る予定の「船倉(せんそう)」と呼ばれる場所には、船底に近いらしく底冷えがする。そして外界の音は一切聞こえず、真っ暗にしたら宇宙空間さながらだ。


・宇宙から日常・現実を考える

The Mars Societyの160日の模擬火星実験に比べれば、2週間はとても短いように思える。しかし、2週間とはいえ閉鎖的空間で家族ではない6人が共同生活を送るとなると、さまざまな問題が起きると思うのだが……。


村上「問題は必ず起きます。過去の模擬実験でも経験しているので良くわかります。特殊な環境下で、人間が心のよりどころにするもの、支えにするものは何か? それを見たいと思ってるんです。僕が参加した模擬実験では、『科学の考える宇宙の暮らし』だったんです。そこには人の心や肌の温もりのようなものはなかった。

だから、今回の実験を通して、人の心を見たいと思っています。その視点が、これからの模擬火星実験にも必要なことだと思っています。宇宙から日常や現実を考えるのが、この挑戦の目的です」


・2019年2月に実施予定

SHIRASEを使った実験生活は、2019年2月末から3月初旬を予定している。今回が第0回目と位置付けており、今回得られたデータを元にして、さらに改善を図り、次の実験を行う予定とのこと。現在、クラウドファンディングサイト「A-port」で支援者を募っている。目標金額150万のうちの約30パーセントを達成している状況だ。今回の実験に興味のある方は、ぜひそちらもチェックしてみて欲しい。


はたして、SHIRASEで行われる模擬宇宙生活はいかなるものになるのだろうか? 宇宙は遠くではなく、我々のすぐそばに潜んでいるのかもしれない。


取材協力:特定非営利活動法人フィールドアシスタント
Report:佐藤英典
Photo:フィールドアシスタント, used with permission.Rocketnews24