【生物学】「ウォルフィンと呼ぶな」研究者が見解を述べる / 「種」について少し考えてみよう(その2)
・種が違っても子供は出来る
ところで「種が違うと子供は出来ない」というのを、小中学校の授業や動物番組などで聞いたことは無いだろうか。
ぶっちゃけそんなに正確性が求められない場面で言われるのだと思うし、それをこう突っ込むのは「クソリプ」的な行為だと思うが……これは正確では無い。今回のクジライルカもそうだが、トラとライオンという、大型のネコ科動物の交雑で生まれるライガーとタイゴンの例は有名だろう。
トラとライオンはどちらもネコ科ではあるものの種は違う。しかし子供が出来るのだ。ただ、ライガーとタイゴンは全て人工的な交雑によるものだけで、自然界では確認されていない。
またタイゴンは骨格や内臓に先天的な障害を持ったまま生まれることが多く、倫理的観点から交雑を禁止している国もある。さらに、両者ともオスは繁殖機能を生まれながらに持たないそうだ。
・染色体数が同じなら交配できる?
ここで、コメント欄でもご指摘頂いた染色体数について触れよう。実は染色体数は繁殖可能か否かを決定する複数の要素の内の一つではあるが、決定的な要素ではない。
先述のライガーたちに関して言えば、確かにトラとライオンの染色体数はともに38で同じではある。しかし、染色体数だけを見るなら実は人間とヒラメも46で同じなのだ。
オーケー、我々とヒラメは共に脊椎動物の仲間。しかも染色体数まで一緒! じゃあヒラメとの間に子供が出来るかは……自分で試す予定は無いが、挑戦者はいつでもウェルカムだ。
次に、メスのウマとオスのロバから生まれるラバについて考えてみて欲しい。ウマの染色体数は64でロバは62。この通り、染色体数が違っていても子供はできるのだ。なお、ラバもまたライガーたち同様に不妊なので次の代には続かない。
・人種とは
また先の記事内で、カズハゴンドウとシワハイルカ間の交雑に「異種間」というワードを使用したことに対して『大きな黒人男性と小さなアジア女性のカップル』の例がコメント欄にて持ち出されているが、これについても答えよう。
まず我々はホモ・サピエンスという種に含まれるサピエンスという亜種だ。つまりホモ・サピエンス・サピエンス。でも他の亜種は全て絶滅しているので、生きている対象について話す前提であればホモ・サピエンスだけでも通じる。
過去には現存するホモ・サピエンス・サピエンス間の外見上の違いから、複数の種に分けるべきとする主張もあった。様々な考えや分類法が識者によって考案され、あのダーウィンもこれについては慎重であったことが『The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex』の中で読み取れる。
しかし、現在では種としてのホモ・サピエンス・サピエンスの下に、更なる分類は設定されていない。つまり、ホモ・サピエンス・サピエンス同士に異種という概念は、生物学的な分類学上は存在しないのだ。
ということで、オスとメスの両方が種まで完全に一致している『黒人男性と小さなアジア女性のカップル』の例は、互いに異種となるカズハゴンドウとシワハイルカのカップルと同列に扱うべきではないと思うのだが、いかがだろう。
・生物学的に「人種」は割とタブー
さらに言うと「黒人男性」と「小さなアジア女性」は、どちらも同じ種に分類されている以上繁殖可能なのは当然だろうし、その交配の結果生まれた子供が生物学的に特別な扱いを受けることもないだろう。
どうしてもホモ・サピエンス・サピエンス間に生物学的な「異種」という概念を持たせたい方がいるのであれば、記者としてはやめておくことを強くお勧めするぞ! それは太平洋戦争後すぐにユネスコから出た人種声明にて示された、人種という概念の無効化を覆すということだからだ。
まあ、少し意地の悪い書き方をしたが、もしかしたら単に日本語だとどちらも「種」が入るため、混同してしまっただけかもしれない。その場合は、英語の “Race” と “Species” と違って混同しやすい日本語のせいでもある。
・クジライルカは滅茶苦茶レア
ということで、今回あえて2ページにも渡る記事にしたのは「もしかして『クジラとイルカは呼び名が違うだけで全て同種』という考えは、記者が思っている以上に一般的なのだろうか」と少し焦ったからだ。
きっとコメントをくれた方々は「クジラとイルカの大きな違いはサイズのみ。共にマイルカ科の個体なので、交配しても驚くことではないだろう」的な見解を求めていたのではないかと推測するが、それは中々難しい。ライガーの例でも分かる通り、自然界での異種間の交配は滅多に起きない。
実際にクジラとイルカの野生での交雑が確定したのは、マイルカ科同士であれど歴史上3件目の滅茶苦茶レアなケース。さらにカズハゴンドウとシワハイルカの両種間においては生物学史上初だ。
それにしてもクジラやイルカを同じ種としてしまうのは……SNSを見る感じだとTVの動物番組とか、水族館のイルカショー辺りの影響だろうか? 何かに害を及ぼすというわけではないが、これ以上無いほど分類学を無視した考え方といえる。
・命名法が一人歩きしたか?
TVについてはともかく水族館は研究機関でもあるので、「種としては別だが」や「生物学(あるいは分類学)上は別だが」といった補足がなされていると信じたい。その上で「違いはサイズだけ」という部分や、あるいは分類学とは関係なくガチでサイズ次第な「和名の命名法」が一人歩きしたのではないだろうか。
「イルカは全てクジラの仲間」や「小型のクジラの仲間がイルカと呼ばれる」ということであればその通りだが、学名が違う場合は同種ではない。またカズハゴンドウはゴンドウクジラ亜科に属するため、略称はクジラとするのが適切だと記者は思う。
しかし「カズハゴンドウは大きめのイルカ」や、イルカと名づけられているシワハイルカに対し「シワハイルカは小さいクジラ」と言うのも間違いではない。ただし「カズハゴンドウは大きめのイルカでシワハイルカもイルカなので同種」というのは完全な間違いだ。
山口県にある海響館という水族館もまた、クジラとイルカの認識について興味深い記事を書いている。こちらも参考になるので読んでみて欲しい。
・受験スタイルや学校教育の問題か
もっとも、高校の選択科目や大学の専攻で生物を選択しなければ分類学に全く触れる機会はほとんど無いのも確か。種の分類に対して軽視しがちになってしまう方が多いのは、現行の教育システム上仕方が無いのかもしれない。
ちなみに記者がよく見聞きする同様の誤った解釈としては、
「蜘蛛は分類学上は昆虫よりもカブトガニに近い」← 元はこうだったのが……
「蜘蛛は昆虫じゃなくてカニの仲間」← こうなって……
「蜘蛛はカニと同種」← 最悪こうなるというものがある。
こちらも最初の段階では正しいが、それでも相対的に「近縁」というだけの話。色々抜けていって段階が進むと全くの間違いとなる。ネット上でも割とよく見るので、興味があればググッてみるといいだろう。
さて、ここまで読んでいただいた方であれば「種」についてや、ついでではあるが「交雑(Hybrid)」などの言葉や認識について、また異種間で子供が生まれることの珍しさをわかっていただけたのではないだろうか。
もしかしたらタイゴン同様に、クジライルカも何かしらの機能不全を有するかもしれない。また、異種間の交雑によって生まれた多くの生物は生殖機能が先天的に無いが、果たしてクジライルカは繁殖可能なのか、交雑により獲得した特異な遺伝子がどのように優位、あるいは不利に作用するのか研究結果を待とう!
参照元:The Guardian、Cascadia Research Collective(英語)、海響館「イルカってなに? 種名と分類」
執筆:江川資具
Photo:Wikimedia Commons(1、2、3)
江川資具


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