ブラック企業の上司が言った「俺のカードで好きなのを買えよ」に一周回って感動した話 / 伝え方の大切さを痛感!(その2)


社長 「おい! マウス……買っていいぞ! 会社がお金を出すから」


──それは衝撃以外の何物でもなかった。あの社長が! 人智を超えたレベルでドケチな社長が……! 「マウスを買っていい」と言っている!! 思わずポカーンとした私に、社長はさらに続ける。


社長 「お前が使いやすいマウスをちゃんと選べよ! 高くてもいいから」


──私は思わず自分の耳を疑った。社員が提出した領収書をビリビリと破り捨てた社長が! 「今は領収書の時期じゃない」という意味不明な理由で社員にキレた社長が……! 「高くてもいい」と言っている!! これは……!?

社長に何があったのかは知らないが、このチャンスだけは逃してはならない。社長の気分が変わる前にマウスを買いに行き、速攻で領収書を提出せねば! そう思った私が家電量販店に走ろうとしたとき、社長は自分の財布を開きながらこう言ったのだ。


社長 「俺のカードを使えよ。これで好きなの買っていいから」



──ここまでくると、「夢を見てるのかな?」って気さえしてきた。社長が「俺のカードを使えよ」だなんて……! つまりアレか、領収書を出す必要もないってことか!? もはや恐怖感さえ覚えるほど不気味だ。 

とにもかくにも、この話に乗らない手はない。私がビビりながらカードを受け取った瞬間! 思わず思考停止状態になったのである。なぜなら、そのカードは……



ヨドバシカメラのポイントカード!!!!


しかも、クレジット機能が無いヤツ! ポイント貯めるだけのヤツ!! よく見たら、裏に社長の名前がしっかり書かれてるっ!!!!


──うん? どういうこと? つまるところ、「俺のカードを使えよ」ってのは、カードに貯められているポイントを使ってOKってことなのだろうか? そんな気もしたので、念のため社長に「このカードのポイントで買ってもいいってことですか?」と聞くと……

当然のように首を振る社長。ってことは……


つまり……


社長は……


「マウスを買った分のポイントは俺のカードにつけとけよ」と言っているのだった。

・もしかしてボケ?

「そ、そっちか……」と思うと同時に、私は「もしかして社長はボケで言ってるのかな? 『俺のカードで好きなの買えって、これポイントカードじゃないですか〜!』というツッコミを待っているのかな?」と気になり、社長を見たら……

目がマジだった。全然ボケじゃなかった。なんなら、アツい感じの空気出してた


……そのとき私は、社会で働くために重要なことを学んだ気がする。良いように言えば、伝え方が大事だということ。悪いように言えば、直接的に言わないズルさについて知っておかねばならないということ。

・伝え方を考えてみる

というのも、もしあの時社長がダイレクトに「俺のヨドバシのカードにポイントつけとけ」とだけ言っていたらどうだろう? それまでの社長の印象もあり、私は間違いなく「またセコいこと言いやがって」と感じたに違いない。

しかし、先述のように「俺のカードで好きなのを買えよ」だったから、私には「セコい」という感情が入り込む隙間がなかったのだ。どうしていいか分からずに、混乱しただけであった。

見方を変えれば、社長は部下である私の不満を言い方ひとつで押さえ込んだのである。むしろ私は、「ここまで振り切ったクズはなかなかいない」と、1周回って感動したほどだ。


・会社を辞めてしばらくした後

それから何年か経った頃、『伝え方が9割』という本が本屋の一角に積まれているのを見たとき、私はあのときの社長の言葉を思い出さずにはいられなかった。その本の内容と社長の言い方は全然違うのだろうけど、社長は社長で「伝え方」について追求している人だったから。ただ、その方向性が極めてクズなベクトルだったというだけの話だ。

なお、クズ社長については本サイトで過去に何度か取り上げている。社長のクズっぷりについてさらに知りたい人は、「女性社員がクーデターを起こして会社を潰しかけた話」「タダで泊めてとホテルにお願いしていた話」などの記事を参考にして欲しい。ただし、これらはまだまだ社長のクズ伝説の一部でしかないのだけれど。

執筆:和才雄一郎
イラスト:稲葉翔子
Photo:RocketNews24.