山は生きている。これは比喩ではなくガチだ。嘘だと思うなら、一度夜の山の入り口に立ってみると良い。得体の知れない何かが、暗闇の向こうから様子をうかがっている感覚を覚えるはずだ。神か獣か化け物か……いずれにしろ、人外の住まう場所、それが山である。
そんな底知れない雰囲気がフラッシュバックしたのは、神田の立ち食いそば屋『天亀そば』でのこと。緑が生い茂る春菊天はさながら樹海! 神田に一度入ると抜け出せない魔のそば樹海を見た!!
・オッサンウェーブにライドオン
ウマいそば屋を求めて色んな街を放浪する「立ちそば放浪記」。そば激戦区の神田を歩いていると、気になる店に出会った。『天亀そば』という名前のそのそば屋。ビルのくぼみにすっぽりハマったような隠れ家的外観が、私(中澤)の隅っこ好き魂に火をつける。
中を覗いてみると、通路と立ち食いカウンターのみの店内には、オッサンが鯖の缶詰のようにぎゅうぎゅうに詰まっていた。しかも、私が様子をうかがっている間も、後から後からオッサンが入店している。そんなビッグウェーブに流されるように私も店内にライドオン。
・不器用か
体を斜めにしながら、入り口をくぐりオッサンをサーフしていくと、店の最奥部に厨房の窓口を発見。揚げ置きの天ぷらを見て「春菊天そば(400円)」を注文した。
混雑で入り口方向に戻るのは難しいため、そのまま最奥部に陣取ったところ、ギロリとこちらを睨む隣の席のオッサン。え? なんか悪いことした? ……と、思ったその時!
無言で七味を差し出された。不器用かッ! しかし、感じる思いやり。ぎゅうぎゅうだからこその連帯感が、この店の客にはあるのかもしれない。それはさて置き、そばがやって来た。
・生い茂る春菊天
丼にかぶさるような分厚い春菊天。いや、これはもはや春菊そのものである。そう、春菊率が異常に高いのだ。揚げ置きのケースを見た時、「ひょっとして」と思っていたが、生で見ると生い茂る緑はまるで樹海。思わずかじりつくと……
春菊の苦みと衣に染み込んだ甘めのつゆが口の中でハーモニーを奏でる。ウマイ……ウマイぞ! もちろん、少し太めの麺との相性も抜群。と、止まらねェェェエエエ!!
・種田山頭火の気持ち
食べれば食べるほどに、分け入れば分け入るほどに生い茂る春菊、止まらない箸。いつしか私は、その春菊の深さに恐ろしさすら感じ始めていた。この春菊天……生きてる……? 種田山頭火もきっとこんな気持ちだったに違いない。
・春菊天の向こう側
気がつけば、麺もつゆも春菊も綺麗さっぱり食べ終えていた。今考えると、隣のオッサンが七味をススメてきたのは悪魔のささやきだったのかもしれない。この上、七味で味を変えられたら、もはや常連一直線である。
味も店構えも客も、分け入れば分け入るほどに味のあるこの店。春菊天の向こう側に一体何を見るのか。それはあなたの舌で確認してみてくれ。
・今回紹介した店舗の情報
店名 天亀そば
住所 東京都千代田区鍛冶町1−7−9
営業時間 24時間営業
定休日 無休
Report:立ちそば評論家・中澤星児
Photo:Rocketnews24.
▼分け入っても分け入っても青い春菊天