【コラム】「本当に強い男ってのはこういうもんなんだよ」ってことを背中とケツで教えてくれたキックのコーチ(その2)
コーチを挑発したジム生は、入門当初から調子に乗っていた。私はジムで一番年下の中学生だったのだが、なぜか私を勝手に「弟子」のように扱い、腹筋中に重いボールをドスドスと腹に落としていく練習なども、なぜか私にやらせたりするのだ。
そのたびにコーチは「羽鳥はまだ中学生で発育中なんだから、やめとけ」と、彼を制してくれていた。だが、コーチが不在の時は、彼は調子に乗り続けた。しかし、いざ彼とスパーリングをしてみると、そんなに彼は強くないことに気が付いた。派手なハイキックばかりを出してしまうような、そんな戦い方のジム生だった。
・凍りつくジム内
そんな彼がコーチと談笑中、いきなり「コーチって本当に強いんすかァ〜?(笑)」と、半笑いで言い放った。明らかにバカにしたような口調だったので、まわりにいたジム生たちは、全員が「こいつ、なに言ってんだ……」と思っていたはずである。
しかしコーチは、ニコニコしながら「お、じゃあマススパーリングやるか。お前は本気で来てもいい。俺は、左脚一本しか使わないし、蹴りを放つのは1発だけというルールはどうだ」と、究極ハンディキャップのマススパーリング提案。
調子男は、「まじすか? いいんすか? マジでやっちゃいますよ?(笑)」と、半笑いで “やっちゃう宣言”。コーチは彼の安全面を考慮して、グローブとヘッドギアをつけることを指示。そして、両者リングイン。コーチは何もつけていない丸腰だ。
・映画のような戦い
緊張感の漂うジム内に、ゴング代わりの「ビーッ」というブザーが鳴った。すると、いきなりラッシュをしかける調子男。本来マススパーリングは “当てるだけ” くらいの強さで行うのだが、今回の彼はすべて本気。力を込めて精一杯打ち込んでいる。
──しかし、一発も当たらない。まるでドラゴンボールの亀仙人が「ホイッ、ホイッ」と、敵の攻撃をすべてかわしていくように、すべての攻撃を寸前のタイミングで避けている。2分くらい経過すると、全力で打ち込んでいた調子男の息があがり始めた。
・まさかの「プリケツ横割れフラミンゴ・ガード」
しかも、このあたりからコーチのプリケツが異常なまでのターボ回転をし始めた。相手のハイキックをガードするときも、またも「ケツ横割れ」のデッサンが狂った体勢で、なぜか左のスネでハイ・ガード。まるでフラミンゴのような奇跡のガードだ。
さらに、パンチも左脚でガードして、「ガードしているのだけれど、同時に攻撃にもなる」ような戦いになっていった。どんどん大振りになる調子男。コーチのガードでズッコけて、ロープに顔面を強打して鼻血まで出てきてしまっている。
・錯乱し始めた調子男
あまりにもレベルが違うことに絶望したのか、「ウオオオオオオオアアアッ!」と調子男は錯乱しながら攻撃をしかける。しかし、すべて当たらないばかりか、ガードでパンチが弾き返され、自分のパンチで自分の顔面を殴るという魔法的な状態にまで発展。
そして……「ビーッ!」というブザーが鳴った。調子男は全力で4分間を闘いぬいたが、コーナーにもたれかかったまま動かない。ゼエゼエと息を切らし、肩で呼吸をし、鼻血をボタボタ垂らしながら、茫然自失の表情で、無言で一点を見つめていた。
インターバルは1分間。その間、コーチが「どうだ、俺は強いだろ? もう1ラウンドやるか?」と声をかけると同時に、彼はうつむいたままリングを降りてシャワー室に消えていった。よくよく考えてみると、結局コーチは1発も「蹴り」を放たなかった。
・本当に強い男ってのは、こういうもんなんだ
ちなみにその後、調子男がジムに来ることは二度となかった。「本当に強い男ってのは、こういうもんなんだ」ということを、コーチは背中とケツで我々ジム生に教えてくれたのだ。今、コーチはどこで何をしているのだろう。マウンテンバイクは無事だろうか。いつの日か、コーチに吉野家の牛丼をオゴれる日が来たらイイなと思っている。