ニコチン中毒の喫煙者たちが最も苦手とするもの、それは飛行機である。
航空機はもちろん全面禁煙。「俺はトイレの中で水を流しながら便器に向かって煙を吐く」と自慢していた中年バックパッカーもいたが、見つかれば説教では済まされない犯罪行為だ。
長時間のフライトほど吸えないストレスがたまる。そのため、喫煙者は搭乗前に目の色を変えて喫煙室を探し、ここぞとばかりにバカバカ煙を吸い込む。この日の私もそんな一人だった。
四年続いた禁煙にしくじった二週間後、モダンに生まれ変わったプノンペン国際空港にたどり着いた私は、パスポートチェックを終えるや真っ先に喫煙室を探した。それはおしゃれなアイスクリーム店の奥にあったのだが──
入った瞬間、我が目を疑った。無人の喫煙室は外とはまるで別世界。暗く、陰湿なセピア色の小部屋。なんていうかその、ヘルレイザーの殺され役になったような錯覚さえ覚えた。
弱々しい照明に照らされたどす黒いソファ。テーブルは焦げまみれ、ポスターを剥がした痕が所々、壁をまだらに染めている。
棒のようなもので叩き割られた痕跡もあれば、奥の壁に設置されたソケットの横からは、荒々しくちぎり取られたアンテナ線が、蛇の如く無残にぶら下がっていた。まるで、大巨人が力づくでテレビを盗んでいったような格好だった。
一本吸い終わる頃にはすっかり気分が落ち込み、うなだれて搭乗口へと向かう私。喫煙者への風変わりな警告? 健康のため気を効かせてくれたのであれば、こんな遠まわしな嫌がらせはやめてほしかった……。
(取材・文=クーロン黒沢)
▼近代的に生まれ変わったプノンペン国際空港
▼おしゃれなアイスクリーム店の奥に、喫煙室を発見!
▼シンプルなデザインの表示版
▼突然どよーんと暗くなりました
▼ポスターをひっぺがしたらしき痕跡
▼焼け焦げたテーブル
▼ハンマーで思いっきり叩いたような穴
▼たぶん、ここにテレビがあったんでしょうね……