就職氷河期と呼ばれた時代、多くの学生と同じく、私もリクルートスーツを着て企業説明会や面接に足を運んでいた。だが、正直どこか現実味がなかった。このままスーツを着て社会に出た先に、明るい未来は待っているのだろうか。

そんな時代の中で、私に輝く未来を想像させてくれたのが木下サーカスだった。華やかな舞台、人間離れした団員や動物たちと全国を巡る移動生活。就職氷河期の空気が届いていない世界が目の前に広がっていたのである。飛び込むしかねぇぇ!

・不安

……とは言いつつも、不安がなかったわけではない。入団前は超怖い調教師にいじめられる夢を見たり「ロシア人と結婚することになったらどうしよう」などという誰もしない想像ばかりしていたものだ。

周りからは「なぜサーカス?」「大学に行った意味(笑)」と馬鹿にされたこともあった。言った本人はもう忘れているだろうが、言われた側は覚えている。

しかし、私も含めてチャランポランな大学生が想像できる未来なんてたかが知れている。だったら心のままに進んだほうがいいだろう。自分の人生なのだから


・仲間との思い出

入団直後は、駐車場のライン引き、客席案内、ピンスポットでアーティストたちを照らし続ける日々。

生意気にも「大卒とは思えない仕事だな」と思っていたが、実際は違った。そもそも「大卒とは思えない仕事」すらマトモにできない人間だったから、その程度の仕事しか任されなかっただけ。

そんな使えない新人のもとに現れたのが、16歳の生意気な天才・彰吾と、夜の世界からやってきた年上のクソ怪しい男・マ〜シ〜

……私も含めて、会社が心配になるほどヤバいやつしか入ってこなかった。サーカスはそういう人間の教育機関という側面もあるのかもしれない。


しかしクソ生意気な彼らが入ったことで状況が一変する。厳しい先輩・高岡さんに新人3人まとめて根性を叩き直されることになった。



地獄のような時間だったが、振り返ると笑えることばかり思い出す。そして気がつけば、地獄の先で仲間たちと数えきれないほどの夢を叶えていた。人生、何が転機になるか分からないものである。



・公演の裏側で

巨大台風からテントを守り抜いた経験は、単に過酷な出来事だったというだけではない。圧倒的な自然の前では、人間にできることなどたかが知れている。それでも仲間と共に暗闇の中で夜を越えた。嵐の夜に仲間の大切さを実感したものだ


緊迫した状況の中で、忘れられない光景がある。オートバイショーや空中ブランコで活躍する大スター・高原さんが、暗闇の中で激しく揺れるテントの上に立ち、こちらに向かって「こっちは大丈夫やーーー!」と叫んだ。


まさに危険に立ち向かう勇者……なのだが、高原さんが遊園地のエアードームで遊ぶ子供くらい揺れている。死ぬほど安全な場所にいる私とマ〜シ〜は、そんな勇敢な先輩の姿をじっと見つめていた。

当然笑ってはいけない状況である。しかし疲労と緊張が限界を突破していたせいか、激しく揺れる暗闇のテントの上で「大丈夫やー!」と叫び続ける高原さんを見れば見るほど……

強風より笑いをこらえる方が大変だとは。あの日の高原さんは台風より台風だった。


とにかく先輩方は組織のリーダーというより、大家族の長男のような存在だった。3カ月に1度の「場越し」でも、立場が上の人ほど危険な作業を率先して引き受け、前に立つ者ほど動いて背中で示す。その姿を見て、後輩も負けじと仕事を覚えていくのだ。



限られた人数でテントを建て、公演を回していく以上、誰かが手を抜けば必ずどこかにしわ寄せがいく。間に合わないところは先輩がカバーする。そうやって全員で1つの舞台を作り上げていくのが、サーカスという世界だった。



・言葉にして伝えたい

公式サイトの年表によると、私は2004年の横浜公演から2015年の京都公演まで、50カ所の公演地を回ったことになる。


全員でテントを建て、住居エリアを整備し、公演が終わればすべてを自分たちで解体して次の街へ向かう。そのくり返しの中で数えきれないほどの出会いがあり、数えきれないほどの経験を積み重ねてきた。



そしていつしか「この経験を言葉にして伝えたい」と思うようになっていた。サーカスで過ごした日々を多くの人に届けたい、と。



・人生の転機

そんなとき、普段からくだらないニュースに癒されたり、珍スポット探索の情報源として愛読していたロケットニュース24が「ライターオーディション」をやっていることを知り、軽い気持ちで応募してみることにした。

京都公演中に同僚と体験した「火渡り祭」のレポートを3日かけて書き上げ、『火の上を歩く火渡りは本当に熱いのかやってみた!』という、今思えばなかなか寒い記事を履歴書に添付。

さらに「約1時間半で書きました」という謎の嘘まで記載して編集部に送信した結果……


記事の内容ではなく、「サーカス出身」という経歴がサンジュン記者の目にとまって合格! 本当に人生、何が転機になるか分からないものである。



・10年経ったけど

ただ、サーカスでの日々をこうして形にするまで、気づけば10年近い時間がかかってしまった。それでも今、こうして当時の記憶をたどりながら文章に残し、読者の皆さんと共有できたことを心から嬉しく思っている。


時間の関係で後半やや駆け足になってしまったこともあり、まだまだ書きたいことはあるのだが、それはまた別の機会にお届けできればと思う。せめて彰吾と祇園のオカマバーでオネエを奪い合った話くらいはどこかで書きたい。



・今日もどこかで

木下サーカスは、今日もどこかの街で誰かに夢を見せている。きっと今この瞬間も、新しい物語が生まれているのだろう。私の物語は一区切りだが、この世界はこれからも続いていく。


あの時、サーカスに飛び込んだ選択は間違っていなかった。いや正確に言えば、どんな道を選んでもたぶん大丈夫だった。よく言われていることだが、結局は「選んだ道でどう生きるか」なのだろう。



サーカスで出会ったすべての仲間へ。テントの中で拍手を送り続けてくれた観客の皆さんへ。そしてこの連載を読んでくれた読者の皆さんへ。

本当にありがとうございました


参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.