日本を代表する老舗高級ホテル「ホテルニューオータニ」。1964年の開業以来、世界中の賓客を迎えてきた歴史と格式を誇り、“ホテル御三家” の名にふさわしい名門といえるだろう。

地方在住の筆者にとっては「もちろん名前は知っている。だけど行ったことも泊まったこともないし、たぶん一生縁がない」場所だ。

ところがこのたび、仕事で同ホテルを訪れる機会があった。用があるのは会議&宴会場フロアだけなのだが、せっかくだから一流ホテルの空気を感じたい。「私も利用客です」みたいな顔をして闊歩(かっぽ)してみたい。


・威風堂々の名門ホテル「ホテルニューオータニ」

場所は東京メトロ赤坂見附駅から徒歩3分だという。駅から近い「ガーデンコート」はホテル本館ではなくビジネスセンターだということを中澤記者の過去記事で知っていた筆者は、正面玄関を探して歩を進めた。

ところが、どうもホテル敷地をL字にぐるりと回り込む形になったようで、どこまで行っても玄関らしきものが見当たらない。そのうちどう見てもホテルではなさそうな小売店エリアにたどり着き、何度もGoogleマップの航空写真を確認する。

東京って狭い土地に建物が密集しているイメージがあるし、地図で見ると名所と名所がすごく近い。だけど「隣の建物」の概念が地方とまったく違う。

駅も商業施設もとにかく巨大で、建物内を歩いているだけで数キロ単位。“駅直結” が売りでも、A棟→B棟→C棟と移動しているうちに「もう隣の駅じゃないか!」なんてこともざらにある。広い空と大地があっても、自家用車でドアtoドアの生活をしてる筆者のほうがよっぽど体力がない。ひぃぃぃ、歩くのしんどい……


あったぁぁぁ! これが天下のホテルニューオータニだ!!


さっそく建物に近づこうとしたら警備員さんに止められた。「怪しいものではありません! 仕事で来たんですホントです」と言い訳しようとしたが、歩行者用ルートが決まっていたようだ。


・ティー&カクテルラウンジ「ガーデンラウンジ」

2時間後、無事に仕事が終わった。このまま田舎に帰ってもいいのだが、ニューオータニに来る機会なんてもう二度とないかもしれない。来館記念にコーヒーでも飲んでいこうじゃないか。ドレスコードとかあるかもしれないけど、一応ビジネス帰りの格好だし。

とはいえ、ご存じメディア業界は服装に関してはかなりフリーダムなので、スーツやネクタイの人などは皆無だ。自分では “きれいめ” のつもりだが、世間基準では “こぎたない” 可能性は十分にある。

ホテル内は上品でありながら、きらびやかな輝きがある。ふかふかの絨毯は、ハリウッド映画に出てくるラグジュアリーホテルのよう。雰囲気に飲まれないよう、はったりをかまして堂々と歩く。こういうのは自信なさげだとかえって人目を引くからな。人生の90%は演出だ。


ちょうど時刻はランチタイム。約1万坪の日本庭園を望む「ガーデンラウンジ」ではビュッフェが開催されていた。もしやカフェタイムは午後からかと思い、飲み物だけでもいいかと尋ねると、「もちろんです」という笑顔で迎えられた。ここでも「あら、今日はビュッフェだったかしら」と常連マダム風を装ったが、ビュッフェは毎日やっているようだ。


天井に浮かぶのはシャンデリア……? エレガントな雰囲気に、内心ドッキドキだ。


場違いじゃないだろうか、浮いてないだろうか、おのぼりさんがバレてないだろうか……。自宅はここから車で8時間で、数日前から車中泊だ。一流の接客業は「靴で相手を判断する」というが、しまった、サボで来ちまったじゃないか……!


おや……?


コナンくん……?


なんと、会場では「ホテルニューオータニ×名探偵コナン スーパースイーツビュッフェ」(現在は終了)を開催中!

周りを見ると、ぬいぐるみと一緒に来ている人や、おひとりさま女性も結構多い。店内に流れるBGMも、ホテルラウンジらしい優雅なピアノが流れている時間もあるのだが、耳慣れたアニメのオープニング曲が流れたりもして親近感!

ホテルスタッフにも急に親しみが感じられてきた。知っている人が誰もいないアウェーのパーティー会場で、同郷の人に会ったみたいな!?


・人生でもっとも高価な1杯のコーヒー

オーダーしたのは「サイフォンコーヒー」(税込2200円/メニュー改定により現在は税込3000円)。間違いなく人生でもっとも高価なコーヒーだ。普段なら店頭に掲げられたメニューを見て「大変失礼いたしました……」と退散するパターンだ。


目の前でフラスコからカップに美しく注いでもらえるのだが、注ぎきれない分はそのまま下げられる。「待って、その残り汁もください!」とつい貧乏根性が顔を出しそうになった。



────まずは鼻孔いっぱいにアロマを感じる。


────口当たりを楽しむように、深い琥珀色の抽出液をすする。


────甘み、ボディ、酸味、風味、後味……温度による複雑な変化を五感でとらえる。



──────うむ、とくに違いはわからない。筆者には500円のコーヒーも2000円のコーヒーも同じのようだ。

しかし雰囲気は抜群だ。席の間隔も広く、互いの視線が気にならない余裕がある。ぬい活の人、仕事中の人、もしかしたら婚活とか人生の節目にある人もいるのかも。各自が思い思いに楽しんでいる。


もちろん筆者の暮らす地方都市にも「なんとなく地域のなかでは格上」みたいなホテルはある。あらゆる行事がそこで行われ、部活の謝恩会も同級生の結婚式も職場の忘年会も全部同じホテルだ。なんなら親が結婚式を挙げたホテルで自分も結婚式、まである。

地元民にとっては「またあそこか」みたいな感じだが、もし旅行で訪れた人がそこで恋人からプロポーズされたり、ビジネスチャンスをつかんだり、久しぶりに大事な孫と再会したりしたら、きっと特別な場所になるのだろう。一流ホテルで働いている人も、家に帰れば普通に家庭人だ。ひとつの空間が、日常の場にも、特別な場にもなる。

矛盾しているようだが「どこも同じかもね、コナンくん」とちょっとほっこりした。東京にまたひとつ、思い出の場所ができたなぁ。


・いつかまた、ホテルニューオータニ

初めてのホテルニューオータニ、ゴージャスで気品高く、それでいて親しみやすくとても楽しかった。不慣れでも温かくもてなされ、居心地の悪さは皆無だ。この先の人生で再来の機会があるのか、それは神のみぞ知るだが、今度は誰かと一緒に来たいな。さて「立つ鳥、跡を濁さず」、支払いもスマートに……


あれ? 2200円のコーヒーなのになんで2530円? 税別表記だった?


ああっわかった、サービス料かぁぁぁぁぁぁ! これがホテルのラウンジ!! そういえばそういう概念があるんだった!

しかし悔いはない。大変に優雅で非日常的な時間を過ごさせていただいた。次はちゃんとガーデンコートを通り抜けてくるから、迷わず到着できるぞ。


参考リンク:ホテルニューオータニ
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.