毎年8月末に開催される「大曲(おおまがり)の花火」こと「全国花火競技大会」。その名のとおり花火師の栄誉をかけた競技会で、国内トップクラスの技術や演出により日本三大花火のひとつに数えられる。同時に、よく調べずに行くと地獄を見るという、参加ハードルの高さも特徴だと思う。

会場となる秋田県大仙市(だいせんし)は、普段は人口7万人という小都市。そこに全国から70万もの人が集まり、大きな事故もなく100回近く続いているという驚異の大会なのだ。ちなみに秋田県全体の人口は88万人だ。

年々暑くなる日本の夏。子どもの頃から何度か大曲を訪ねている筆者だが、「このまま酷暑が続けば見られなくなる日も近いかも」と危機感を抱いている。どういうことかレポートしたい。


・観賞するまでが過酷

大曲では家でゆっくり浴衣を着付けて、夕方過ぎに地下鉄やバスで現地に向かう……なんてことは不可能だ。数分刻みで電車が来るような交通網はないし、会場周辺は前夜から交通規制が行われる。バトルロイヤルのように刻々と通行止めの範囲が広がっていき、最終的には「市内の1/3は規制区域に入ってるんじゃないか」というくらい大規模になる。

筆者の愛車はキャンピングカー。車で現地入りする場合、午前中には交通規制をかいくぐって駐車場を確保し、日没まで時間をつぶす必要に迫られる。昼には会場徒歩圏内の駐車場は満車だ。


8月末の東北の空には、秋の気配が感じられる。しかし日中は普通に30℃を超えるので、車内は灼熱地獄。都心のようにネットカフェやファミレスが簡単に見つかるわけでもない。キャンピングカー乗りの矜持(きょうじ)としてアイドリングはしない……と決めているのだが、体中の水分が汗になって流れる苦行のような数時間になった。暑い、濡れた服が気持ち悪い、死ぬ……


地域の事情に通じていれば、会場近くの土手などで待機・観賞する方法もあるようだ。それにしたって昼間の暑さは同じだろうけれど。


日が暮れたら歩行者天国を通って会場へ向かう。打ち上げ場所は雄物川(おものがわ)という一級河川の河川敷で、細長~~~く観覧席が伸びている。JR駅なりホテルなり駐車場なり、自分の拠点から席まで2kmくらいは歩く覚悟が必要だ。雨が降るとぬかるむから、自慢の靴はやめたほうがいい。

とはいえ「行き」は各自が三々五々集まるので、それほど大変じゃない。問題は「帰り」だ。


30分ほど歩いて会場に着いた。広大な河川敷、視界に入る端から端まで人・人・人! お子さんの手を離さないようにとアナウンスされているが、一度はぐれたら、たぶん自力では再会できない。


普段は静かに草むらが広がる(のであろう)河原に、これだけの簡易トイレが並んでいるのも圧巻。ちなみにトイレは綺麗だった。


筆者が購入したのは「ペア席」(定員2名12000円)という比較的リーズナブルなベンチ席。硬い板張りのベンチだけれど、大人ふたりが並んで座り、あいだに料理を置けるくらい余裕がある。前後左右にもしっかり間隔があり、いつでもトイレに行けるし、隣の人に肩が触れるようなこともない。このあたりの空間の使い方は、かなり贅沢なのではないかと思う。


飲食物の出店もあるが、当然のごとく大行列だった。1品買うのに少なくとも20分は必要。火を使う屋台も多く、人が密集しているのでめちゃくちゃ暑かった。でもいろいろ買っちゃった。祭気分で最高だ。


・打ち上げが始まった

演目には「昼花火」と「夜花火」があって、メインは後者。開会前には協賛企業によるドローンショーもあった。オロナミンC~~~!


みんなで歌おうというプログラムで、音楽に合わせてKANの「愛は勝つ」を合唱。夕暮れ空に響く数十万人の熱唱は、いやが上にも気分を盛り上げる。な、なんかエモい……!


午後6時50分、いよいよ夜花火の打ち上げが始まった。前述のとおり大曲の花火は「競技会」であるのが特徴で、各社が課題玉のような10号玉を打ち上げた後、音楽に合わせた自由演目がある。

昭和歌謡あり、洋楽あり、インストゥルメンタルあり、もちろんJ-POPもあるので、さながらコンサートのようだ。各社のセンスで選ぶから、曲もテーマもばらばらで、ひとりの演出家がプロデュースしたような統一感はない。


だけど、各社が「これぞ!」という渾身の演出を見せてくれるので、「こんな技術あるの!?」「こんな色、出せるの!?」と驚きの連続だ。パステルカラーのような淡い光や、目がチカチカするほどまぶしい光、いつまでも残る光や、タイミングを合わせたように一斉に消える光……


2時間半の長丁場だが、決して飽きることはない。尻は痛いけれども。

おまけに夜になると冷えてきて、昼にかいた大量の汗が体温を奪うけれども。

ペットボトルのお茶を飲もうとして、暗闇のなかで虫を口に入れてしまうけれども。

競技ではなく、スポンサーの出資によってショーアップされた「大会提供花火」は、誰もが待ちわびる大会のクライマックスだ。呼び出し(かけ声を発する伝統的な役職)の「たい~かい~てい~きょう~」の声が響くと、会場からわぁっと拍手が起こるほど。


もう、言葉はいらない。朝から今までの苦労が一瞬で霧散するほどの迫力だ。視界の端から端まですべて花火! 筆者の席はすみっこなので、ちょっと見え方が悪いが、正面から見たら人生観が変わるほどの感動だと思う。

「暑い」「歩くの疲れた」「人混みやだ」……そんな泣き言の数々はどこかに消え去り、「また来年も絶対来る!」という気になってしまう。


打ち上げ終了後、会場内に赤や黄色や青色のペンライトが光っているのがおわかりだろうか。これは、対岸にいる花火師さんたちと互いに明かりを振って、感謝の気持ちを交換する伝統の光景。ペンライトがなければスマホを振るのもあり。うわあぁぁぁぁぁ感動!!


・再び地獄

さて。ライブやコンサートやスポーツの試合など、大勢が集まるイベントで大変なのは入場よりも退場だ。数十万人の大移動が始まった。


閑静な住宅街や、河川敷ののどかな散歩道が、あり得ないほどの群衆で埋め尽くされているのは異世界感がある。ごくたまーにだけれど、民家の庭先に放置されたゴミも見かける。聞くところによると、この日だけは自宅を離れて市外に脱出する住民もいるとか。


とはいえ、やっぱり東北なので道は広いし、しっかり歩行者天国になってるし、日本人は誰に言われなくとも整然と歩くしで、大きな混乱はない。人波についていけばJR駅なり駐車場なりにたどり着ける。筆者は田舎育ちなので人混みに弱いけれど、新宿や渋谷の雑踏に慣れた人なら楽勝かもしれない。


大会が終わった21時半頃から数時間にわたって起こるのが、帰宅のための渋滞。夜半にかけて徐々に解消するが、仙台方面へ向かう高速道路などは、深夜1時時点でも渋滞していた。すぐに帰ろうとせず、深夜もしくは明け方まで仮眠してから出発するのが必勝法。駐車場もそれを見越して1泊料金になっていることが多いし、迂回路の案内もたくさんあった。


小さな街に、秋田県の人口に迫るほどの人数が集まる大曲の花火。渋滞、混雑、警備問題、ゴミ問題、市民生活への影響……課題は多いはずだけれど、運営は実にシステマティックだ。来場者は忍耐力を試されるし、大変は大変だが、「あれ? 前よりスムーズになってる?」と感じることも多い。

実は大曲では、夏以外にも「春の章」「秋の章」という大会があるほか、小規模なものを含めると毎月花火が上がる。運営はどんどんブラッシュアップ。帰路に警備の人にまで「また来年もお越しください!」と笑顔で言われたときには驚いた。「花火がある」ことを前提に、市民が一丸となって街づくりをしているようだ。これってすごいことじゃないだろうか。


来年も元気に参加するためには、暑さに負けない健康な身体が必要だ! 頼むからどうかこれ以上、日本列島が暑くなりませんように……そう願いながら汗みどろの筆者は車列に加わった。


参考リンク:全国花火競技大会オフィシャルサイト
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
[ この記事の英語版はこちら / Read in English ]