
2025年2月21日からついに日本でも公開された、映画『ブルータリスト』。この冬に世界で最も注目されている映画の1つ。
私は一足早く視聴させて頂いたが、視聴直後はこの映画にすっかり打ちのめされてしまい、しばらく感想らしい感想を抱くことすらままならなかった。
こんなにも力強い芸術性をもつ映画は久しぶりだ。これは間違いなく、最もよく思考され、論じられるべき今年の1本だ。
・テーマ
日本では公開前から各種ショーレースにおける本作の凄まじい快挙っぷりが届いていた。映画の概要としては、ホロコーストを逃れたユダヤ人建築家が、アメリカに移住し、苦難を乗り越えて……みたいな内容が、公式からも、様々なメディアからも報じられていたかと思う。
私もその情報だけをもって「じゃあよくあるシリアス系の感動する歴史映画みたいな感じなのかなぁ」みたいな感じで視聴したわけだが……全く何ということか!
その概要は確かにその通りではあるのだが、あくまでただのガワだけの話で、この映画の本質はその展開とはだいぶ遠いところにあると感じた。いい意味で、新手の概要詐欺のよう。
本作に関して “これは〇〇をテーマにした映画だ!” と断定するのはナンセンスだ。例えるなら、それはラブラドライトの色を単一のカラーコードに当てはめようとする行為に近しい。
・ドキュメンタリー調
本作はエイドリアン・ブロディ演じる架空の建築家ラースロー・トートの生涯を軸につづられる叙事詩。トートは多くの苦難に見舞われるが、何だかんだで建築家として成功し、エンディングを迎える。
その描き方は凄まじく気合の入ったドキュメンタリー調で、ともすれば視聴者はラースロー・トートが過去に実在したと錯覚するだろう。
しかしトートはもちろん、作中に登場する経済界や政界の大物たちも、全て架空の人物だ。
ラースロー・トートと近似する点が少しは無くもない生涯を送った建築家としては、年代の近しいエルノ・ゴールドフィンガーやマルセル・ブロイヤーが挙げられるかもしれない。
しかし彼らは共にトートほど苦難に満ちた生涯は送っておらず、モデルとみなすには不十分な程度の共通点しかない。映画『ブルータリスト』はすさまじくリアルだが、全ては完全なるフィクション。
しかし作中でトートが直面するあらゆる困難は、現実に多くの人が苦しむリアルな問題ばかり。緻密に作り込まれたトートの人生は、あくまでそれ等の普遍的な社会問題について表現する道具でしかないとも言える。
では本作はいわゆる社会派ドラマなのか? その見方も可能かもしれないが、私はその解釈に疑問を感じる。
ストレートに社会問題に切り込むようなシリアスな姿勢以上に、同時にこれという思想もなくトートの生涯で起きた苦しい部分を多めに切り取り、いささか人の心の無いコラージュ作品を作ったかのようにも見えるからだ。
トートが間違いなく主役であり、作中のほぼ全てが彼の人生に関することでありながら、映画の開幕と終幕のどちらも彼の姪のジョーフィアがメインだったり、トートが彼の建築に込めた主義や思想が終ぞ本人の口から語られることが無いという演出など、トートの存在に対する皮肉のようではなかろうか?
もしかしたらこの映画には、正解となる解釈など無いのかもしれない。ストーリーの軸は明確にトートの生涯で、それは大物建築家としての大成という形で綺麗に終了する。
しかし客観的な視点からの本作に込められた思想やテーマは断定し難いからだ。どこに軸をおいても “それだけではない” となるがゆえ、いつまでも思考でき、あれこれ論じあえる。
1つ間違いなく言えるのは、軽めのエンタメを求める人には長すぎる215分になるということだ。しかし骨太な1本に頭を悩ませたい方は、特大の満足感を得られるだろう。
実のところ私もその手の映画が好物なのだが、試写会で視聴してから今日までの約1か月間、ずっと楽しく思考を巡らせている。もう2回くらい見ようと思う。
参考リンク:ブルータリスト
執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.
▼トレーラー。映像や音楽、そして演出が凄まじく大胆で、その撮り方自体が前衛的でもある。ストーリーとは無関係の所で、”そんなやり方するんか!” という驚きがある。
江川資具
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