今から見ていただくのは、「日本精工株式会社(NSK)」が公開した30秒の動画だ。NSKはベアリングの世界シェア第3位で、日本で初めてベアリングを作った会社でもある。


2020年から自社の製品や技術力を使った機構で「あたらしい動き」を表現する企業広告シリーズ『___ with MOTION & CONTROL』を制作しており、実は今回、その動画のPRを依頼されたのだが……。


本題に入る前に、とにかくまずはご覧あれ。

日本精工(NSK Ltd.)『___ with MOTION & CONTROL』Swinging 篇


登場するのは3対の振り子型機構。ゆらゆら揺れたかと思うと、突如フワッと持ち上げられ、しなやかで美しい軌跡を描きながら6台が水平移動でスイングを始める。


スムーズに、そしてブレずに回転するベアリングの動きによって、シンプルな振り子運動が複雑な軌道へと変わっていく様は、たしかについつい見続けてしまう謎の中毒性を帯びているが……同時に私(あひるねこ)はこうも思った。


で、これの何がスゴイの?


・分からない

いや、何となくスゴイってことは伝わるのだが、ぶっちゃけCGに見えなくもない。皆さんはこの動画のスゴさが分かりますか? そうですね。よく分からないですね。分かんねぇぞコラ!


そこで思い切って、NSKの技術開発センターまで何がスゴイのか聞きに行ってみることに。こんな失礼な記事広告があるだろうか? いや、ない。でも分かりたいから!


すいませーん! 分からないんですけどーー!!


・分かりたい

とにかく分からない私を出迎えてくれたのは、自動車技術総合開発センターの岩崎さん(左)と、産業機械技術総合開発センターの尾川さん(右)だ。


お二人は、今回の動画プロジェクトにもアイデア出しの段階からバリバリ参加されているとのこと。ならばきっと分かるに違いない。


というワケで、さっそく分からせてもらおうと思うのだが……ちょっとすいません、そもそもベアリングって何なんですか? 冒頭でさらっと書いちゃったけど、よく考えたらイマイチ分からねぇ!


岩崎さん「この部品を見ていてくださいね」


クルクルクルクルクル~~~~~


岩崎さん「これがベアリングです」


これがベアリングか!


・分かった

ベアリングとは、様々な機械の動作に欠かせない回転を支えている部品で、摩擦を小さくすることで回転をスムーズにする機能があるんだそうだ。知らなかったな~。


でもベアリングって、世の中でそんなにたくさん使われてるものなんですかね? あまり見たことないような気がするんですが……。


尾川さん「いえいえ、シャレにならないくらい たくさんの場所で使われていますよ。こちらをご覧ください。画像をクリックすると拡大されますよ」



うわ多ッッ!


・ベアリングだらけ

そう、家の中からオフィス、工場、さらには科学の最先端の研究所まで。ありとあらゆるところでベアリングは使用されているのだ。これはスゴイ……!


てことは、船や飛行機、バイク、ヘリコプターにも?


尾川さん「ベアリングです」


エレベーターやコピー機、自動改札機、ATM、歯科用ドリルにも?


尾川さん「ベアリングです」


マジか……! じゃあロケットに人工衛星、宇宙ステーションにも……!?


岩崎さん「ベアリングですね」


尾川さん「ベアリングは社会の縁の下の力持ちとして、車には約100個。洗濯機や掃除機、エアコンなど、家の中でも約100個のベアリングが使われているんです。


16両編成の電車だと、約1000個使われています」


──1000個ですって? 世の中ベアリングだらけじゃないか!


岩崎さん「その通りです。夜中にふと振り返ってみてください。背後でベアリングが回っているかもしれませんよ?


──ベアリング超怖えェェェェェエエエエ!!!


・回んな

見えないところで人知れずクルクル回ってるとか変態すぎるだろ。そんな部品、別になくても誰も困らないんじゃないですか? 何のためにあるんです?


尾川さん「はは! ははは!!」

岩崎さん「あひるねこさん、あなた面白いことをおっしゃいますねぇ……」

尾川さん「はははははは!!」


そう言うとお二人は、私の前に謎の道具を2個用意した。分解して中を見てみよう。


こっちがベアリングありで……


こっちがベアリングなし。


それぞれ元の状態に戻して糸を巻き、コマのように引っ張って回してみるとどうなるか?


結論から述べると、これがまったくの別物で、ベアリングなしだと重い上にすぐ止まってしまうのに対し……


ベアリングありだと、ほんのちょっとの力で圧倒的に長い時間回り続けるのである。


・ベアリングが必要な理由

先ほど車には約100個のベアリングが使われているという話があったが、もしベアリングがなかった場合、あらゆる場所が摩擦によって擦れたり焼き付いたりしてスムーズに動かなくなるため、駆動させるには莫大なエネルギーが必要に。つまり、とんでもなく燃費が悪くなってしまうらしい。


ベアリング、我々の生活に不可欠すぎんか……!? こういうことだったんですね岩崎さん……!


ニヤリ──。


お二人によれば、ベアリングには回転をスムーズにするための精密さが必要で、その精密さのカギを握るのが、ベアリングの中で転がる転動体(玉)の真球度なんだとか。


し、真球度……? また分からなくなってきたァァァァアアア! 早く分かりたいィィィィィィイイイイ!!


尾川さん「真球度というのは分かりやすく言うと、『どれだけ完全な丸い球に近いか』という基準のようなものですね。


ベアリングに使われている玉は、正確には完全な球ではないのですが、それでも地球上で一番丸いと言っていいと思います」


マジかよ、凄いなNSK! なんとベアリングの組み立てキットがあるというので、実際に組み立ててみることに。


内輪を外輪の中に置いて……


その隙間に玉を7個入れる。


なるほど、これがベアリングの転動体ですか。私にはパチンコ玉と変わらないように見えますが……。


岩崎さん「と見せかけて全然違うんですよ。ベアリングの玉とパチンコ玉を、地球と同じサイズ(※直径12,742km)まで大きくしたとしましょう。


すると、どんなに丸く見えても実は表面に凹凸があることが分かるんです」


岩崎さん「パチンコ玉が地球サイズに大きくなったら、表面の凹凸はエベレスト(8,850m)以上になると言われています。


一方、ベアリングの玉の場合は、凹凸は鎌倉の大仏の高さ(11.5m)ぐらいで収まると言われているんですよ」


……話のスケールがデカすぎてリアルには想像できないけど、いくらなんでも違いすぎるだろ! ベアリングの玉ってそんなに丸いんか。


玉の真球度はベアリングにとって非常に重要で、その精度が低いと回転する時の振動が大きくなり、性能が悪くなってしまうそうだ。なんとも緻密な世界なんですねぇ。そんなこんなで……


あとは玉を均等に分ければ完成である!


さて、このような超精密なベアリングを使って作られたのが、冒頭でご紹介した動画「『___ with MOTION & CONTROL』Swinging 篇」だ。改めて見ると、やっぱりどこかCGみたいなんですけど、CGは使って……


「ないです!」


ないんですよね。こちらの装置は動画に出てきた振り子型機構と同じものとのことでして、丸印の部分にベアリングが使われているのは私にも分かります。さっき作ったものよりも大きいですね。


動画では振り子がまるで生きているかのような複雑な軌道を見せていますが、あれは何なんですか? まさかモーターでも入ってるんですか?


尾川さん「モーターは入っていますが……」


モーター入ってんのかよ! だったら何でもありじゃねぇか! 何がスゴイんだコラ!!


尾川さん「落ち着いてください。別に振り子のアーム自体をモーターで動かしているワケではないんです」


岩崎さん「そう、このベアリングの傾きをモーターで制御してるんですよ。振り子のアームを支持しているベアリングを傾けることで、重力に従ってアームが振れるようになっているんです」


え? じゃあ振り子が上の方をぐるぐる回ってるのも、あれはモーターで回転しているワケではないと?


岩崎さん「ええ。自動に見えますが、あくまで自然の力です。なので振り子を水平にしたら動かないですよ」


そろそろ皆さんにも、あの動画のスゴさが伝わったんじゃなかろうか。


振り子がまるでCGのように優雅に滑らかに動いているが、実は振り子自体はただ自然に振れているだけで、根元にあるベアリングをゆらゆらと傾かせることによって、あの美しい軌道が生まれているのである。


岩崎さんベアリングにブレがなく、滑らかに回るという点がこの振り子型機構のポイントで、動画では6台の動きを連動させていますが、ベアリングを使わずにただ振り回しているだけではやはり連動しなくて、バラバラに動いてしまうんですよ」


岩崎さん「滑らかに回ってくれないと、動かそうとしても思った通りに動いてくれないという現象が起きて、動きが一生揃わないんですね。だから高精度のベアリングを使って、6台の動きをすべて揃えるんです」


──6台を連動させるのではなく、1台だけを動かすだけなら、ベアリングは特に必要ない?


岩崎さん「単純に揺らすだけなら問題ないと思いますが、摩擦が大きくなってしまうので、おそらくあっという間に止まってしまうでしょうね。


ベアリングを使うことで、長く振れる軽い振り子ができる。さらにベアリング自体の精度が高いことによって、6台の動きを同期させることができるワケです。


動画の中で白いリングを受け渡す動きがありますが、一つでもベアリングの出来が悪かったり、追いついてくれなかったりすると、あのリングを落としてしまうんですよ」


なるほど~。動画だと当たり前のように滑らかに動いているので、逆に上手く動いていないところを想像する方が難しいかもしれません。


岩崎さん「その “当たり前” を作っているのが、ベアリングだと覚えて帰っていただければ(笑)」


・異変

完璧に覚えたのでそろそろ帰ろうかと思ったが、やはり無視できないのがお二人の強すぎるベアリング愛である。


ベアリングを目に見える形で、かつ今まで見たことのない面白い動きを作りたいという思いから、今回の動画の振り子型機構は生まれた」と語る岩崎さん。


それに対し、軽はずみに「ベアリングのどういうところがお好きなんですか?」と聞いてみたところ……


岩崎さん「え、もちろん全部ですけどあえて挙げるとするなら……」


何かが発動してしまった。


・猛攻の岩崎

岩崎さん「私はですね、ベアリングが滑らかに動く時の感触がすごく好きなんですよ。


もちろん通常は機械の中で使われる製品なので、人間の手で回されるなんてことはないんですけども、こうやって内輪の内側に指を入れて回すと、玉が指の上を通過していくような感触があるんです。それを味わうたびに思うんですよ」


「回ってんなぁ……」


岩崎さん「ほら、玉もやっぱり鉄ですから! ゴロゴロっと転がっていく存在感があるんですね!! どうですか? あひるねこさんも玉が通過していく感触を共に味わってみませんか!?」


──いやぁ、僕に分かるかなぁ(笑)


岩崎さん「そういうのいいですから。さあ早く」


……うす。


シュ──────────


シュ──────────


岩崎さん「どうです! たまらないでしょう!!」


岩崎さん「玉だけにね! クハハハハハ!!」


──ちょっと何を言っているのか分からなかったため、尾川さんに目で助けを求める私。岩崎さんの回答よりはまともだろう。頼む! この空気を何とかしてくれ!!


尾川さん「そうですね。私は普段、もっと小さいサイズのベアリングを扱っているので、やはりこういう小っちゃいのが好きですね」


うわ小っちゃ! 可愛らし!!


尾川さん「あとは……そうだ。ベアリングって錆びないように防錆油が塗られていて、手で触ってしまうと指から鉄っぽい匂いがしてくるんですけど……」


──はい。


尾川さん「それを嗅ぐと落ち着くっていう」


うわーーー! こっちもヤバかったーーー!!


「ふふ、おてんばなヤツめ……」


「スーハー、スーハー」


本日はどうもありがとうございました。


──後半部分に関しては丸ごとカットも考えたが、こんなにもベアリングに魅せられた技術者たちの手によって、今回の動画は作られているという事実は声を大にして言っておくべきだろう。


この記事を読み終わったら、ぜひ動画を最初からご覧いただきたい。読む前と読んだ後とでは見え方がまるで異なるはずだ。


ベアリングの精緻(せいち)にコントロールされた動き。つい見続けてしまう物理現象を超えたような動き。NSKが挑戦した「あたらしい動き」のスゴさに酔いしれてほしい。

参考リンク:_ with Motion & Control 日本精工(NSK)ベアリング入門
執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.

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