会社を出た瞬間、「やっぱり一度戻ろうかな」とも考えたが、なにせ私(あひるねこ)は急いでいた。大袈裟ではなく、1分1秒を争う状況だったのだ。

なのに……どうして……なぜこんな時に……ドラマか映画の撮影現場に出くわすんだよ!

何となく嫌な予感はしたのだが、これにより私は今年最大級のピンチを迎えることになる。

・悲劇の始まり

会社から帰宅する時、私は本数は少ないがもっとも速い中央特快に必ず乗りたい。快速、お前じゃダメだ。乗り換えが面倒だし、夕方だと子供の保育園のお迎え時間に間に合わん。

つまり、私に中央特快に乗らないという選択肢は存在しないのである!


しかしこの日は、いつもより会社を出るのが遅くなってしまった。急げばギリギリ間に合うか? という際どい状況。私も焦っていたのだろう。階段を駆け下りている時、ようやく気付いたのだ。自身の猛烈な尿意に。


・大ピンチ

しまった、いったん戻ろうかな……いやダメだ! そんな時間はない!! 駅まで行く途中の建物内にトイレがあるから、そこで済まそう。


ところがその数分後……!


「すいません! 今そこで撮影をしてまして、映り込んでしまうので1分ほどお待ちください!!」


・まさかの足止め

な、なん……だと……? ハッキリは見えなかったが、どうやらテレビのロケとかではなさそうだ。ドラマか? それとも映画か? いずれにせよ大規模で物々しい雰囲気である。



このあたりで撮影しているらしく、向かいの通りでは10名ほどが道路脇で待たされていた。


なるほど、こっち側からカメラを向けているから、通行人が映り込まないように止めているのか。たしかに今出て行ったら邪魔になってしまうな……


いや知らんがな!


・最悪なタイミング

もちろん普段なら何とも思わない。いつか自分も作品を見るかもしれないし、むしろでき得る限りの協力を惜しまないだろう。が、今はド級の緊急事態だ。

急がなければ中央特快に間に合わない上に、私の膀胱はもう上映寸前である。すでに東映オープニングの波がザッパーンしている。このままだといろんな意味で、全米が泣く。



念のため言っておくと、スタッフの女性は決して横柄な態度ではなかった。「ご迷惑をおかけします。1分だけお待ちください」と通行人に丁寧に説明していた。

ネットだとこういった撮影現場のスタッフは何かと叩かれがちだが、そんなことはなかったと断言しよう。

しかし、私は同時にこうも思った。本当に1分で済むのかと──。


よく分からんが、こういうのって1分と言いつつ、5分くらい掛かりそうな気がしないか。もしそんな時間待たされようものなら、私の股間は大ヒット満員御礼。それでいて中央特快は無事逃すという地獄が待っているに違いない。



・選択の余地なし?

さて、こんな時あなただったらどうする? 1分1秒を争う状況でも「撮影中だから通らないでください」と言われたら、無条件に従わないといけないのだろうか? その結果、日本中が涙に包まれたとして、誰が責任を取ってくれるのか?

もし私がスタッフの制止を振り切って道路に飛び出した場合、果たして現場はどんな空気になるだろう……。待っている間、尿意に耐えながらそんなことを考えていた。


結論から言うとトイレにはギリギリ間に合ったし、中央特快にも汗だくにはなったけれど、何とか乗れたのでどうか心配しないでほしい。今はあの時撮影していた名も知らぬ作品が、素晴らしいものになることを心から祈っている。

だが忘れてはいけない。我々が普段、何気なく見ているドラマや映画の影には、もしかすると私のような大ピンチを迎えている誰かがいるかもしれないということを。社会とは、そういった小さな犠牲を無数に積み重ねることで、かろうじて成立しているのだろう。

何の作品か分かった人は、ぜひ教えてください。

執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.