思わず涙をこぼしそうになった。ラーメンの有名店『らあめん花月嵐』のご飯メニュー「鉄板イタめし 醤油バター味(税込700円)」を食べた時のことである。

ウマすぎて泣くとか、味自体にそこまでの感動は覚えないタイプである私(中澤)。しかし……しかしこれは……こいつはあの時の味じゃないか

・出会い

『らあめん花月嵐』自体は全国で250店舗以上展開しているらしいし、私でも見たことがある。ただ、ラーメン自体にそこまでの興味がなかった私は、ご飯メニューの「鉄板イタめし」の存在を今回初めて知った。

ラーメン屋のご飯メニューにしては変わっている。っていうか、ラーメン屋でなくともちょっと変わってる。「鉄板」で「イタめし」って何だろう? ラーメン屋のご飯ものを探求する連載『ラーメシ通信』を始めた身としては気になったので「醤油バター味」を注文してみたわけだ。



・食べ方

かくして鉄板が運ばれて来たが、実物を見てもやっぱりピンと来ないご飯ものである。まず、鉄板の上には卵が敷き詰められており、その上にご飯が乗っていて、細切れのチャーシューと青ネギがふりかけられている。具は中華風にも見えなくはないのだが天辺にはバターが居座っているのだ

どうやって食べるのか店員さんに聞いたところ、全体をよく混ぜて食べるものらしい。そこでスプーンを使って混ぜてみると、ジュージューした鉄板の上でご飯が色づいていく。どうやらタレ的なものもついていたようで、その色はチャーハンっぽいものへと変貌した。



・この味を知っている

ところどころ濃い色になったおこげがウマそう。だが、食べてみたところ、全然チャーハンではなかった。口に入れると広がる豊潤なバターの香り。その中に漂う醤油のようなタレの風味。なんてこった……私はこの味に覚えがある。

水道も止まるくらい貧乏だった時に何度となくお世話になった味。この味で飢えを凌ぎ、なんとか浮かせた食費で電気代を払うこともあった。知ってる? 電気が止まった時の静寂を

都会にいるのに、まるで自分は世界に1人なんじゃないかと思うくらい部屋が静かになるのである。電気が止まる度、「冷蔵庫って結構音出てるんだなあ」と実感したものだ。そんな静寂すら思い出すようなこの味は、そう……

バター醤油ご飯。もちろん、肉やネギや卵も入っているし、なんなら鉄板で焼かれているため厳密には違うのだが、味の方向性がそっくりなのである。ハイグレードなバター醤油ご飯という感じ。



・鉄板イタめしに問いかける

いつから食べていないだろう? 幾千の夜を越えて再び私の前に現れたその味にこう言われたような気がした。「よう! 調子はどうだい?」と。

静寂がやって来る。まるであの頃の自分と向き合っているかのように。私は前に進めているのだろうか。それとも、もう終わってしまったのだろうか?


・別れ

そんな問いかけに「鉄板イタめし」は沈黙する。じっとこちらを見るように。そして、ふっと笑うとこう言った。「まだ始まったばかりじゃないか」と。


気づけば鉄板イタめしはなくなっていた──。


いつだって我々は飽きてしまう。刺激的なことは当たり前になり、辛さにばかり目が行くようになる。日々が色褪せたそんな時は、『らあめん花月嵐』の鉄板イタめしに会いに行こう。ひょっとしたらそこにはキラキラしていた頃の自分がいるかもしれない。少し泣いた

執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.

▼ちなみに、後日食べてみたところ「ニンニクバター味」はほぼチャーハンであった

▼ニンニクの強さゆえか、醤油バター味の方がバターの風味が前に出ている