みなさんの中に「歯医者が好き」という方は、どれほどおられるだろうか? 歯医者さん自体には感謝と尊敬の念を抱いてはいるものの、いざ自分が行くとなると歯医者は苦手……。そんな方は多いに違いない。

かくいう私、P.K.サンジュンも幼いころから歯医者が大嫌いなのだが、ここ10年ほど通っている「高橋歯科(仮名)」だけは、むしろ診察を楽しみにしている。なぜなら高橋歯科は、世にも珍しい「絶対に笑ってはいけない歯医者」だからだ。

・歯医者は苦手だったけど

ドリルで歯を削る音、歯茎に刺さる麻酔、そして「ここまで放置してしまって申し訳ない」という罪悪感。そのどれを取っても歯医者は決して心地の良い空間ではない。早めに行けばいいのはわかっちゃいるが、その1歩が踏み出せない緊張感。こればかりは年齢を重ねても変わらない。

私自身、人よりもかなり歯医者を避けて来た方で、ヒドいときは痛み止めのロキソニンを飲みまくり、2年ほど歯医者をブッチしていた時期もある。当時はすでに20代に達していたが、その時も普通に歯医者は怖かった。まあ、行っちゃえば何とかなるんだけどさ。

さて、そんな私がここ10年ほど通っている高橋歯科は、地元の歯医者さん。私は高橋歯科との出会いをきっかけに、さほど歯医者が苦手ではなくなっている。もちろん得意ではないのだが「高橋歯科に行ける」と思うとワクワクが止まらないのだ。

・高橋先生 vs 全女性スタッフ

高橋歯科は決して大規模な歯医者さんではなく、助手や受付けの人も含めせいぜい7~8人程度。特徴的なのは高橋先生1人が男性で、あとは全て女性のスタッフで構成されている点である。そして診療中、突如として「高橋先生 vs 全女性スタッフ」の揉め事が始まるのだ。

歯科医は50代の高橋先生と30代の田中先生(仮名)の2名。田中先生はメチャメチャ美人で、真面目に「日本の美人歯科医TOP3」に入るハズ。ただし異常なほど鼻っ柱が強く、何かあると高橋先生とプチバトルに発展するのである。

また、それ以外の女性スタッフは40代の方も50代の方もいるが、何があろうと田中先生の味方をする “完全田中派” であることもポイント。誰1人として大黒柱の高橋先生を恐れておらず「〇〇さん、クリーニングしておいて」と言われても「クリーニング?」くらいのタメ口もあたり前だ。

歯科医に限らず、お店のや医者でスタッフ同士が揉めていたら、普通ならイヤな気持ちになるのがあたり前であろう。……が、少なくとも私は高橋歯科での揉め事を不快だと思ったことはなく、まるで「喧嘩コント」を見ているような気持ちになってしまうのだ。

とはいえ、そこは緊張感漂う歯医者である。どれだけ喧嘩コントが面白かろうと、患者である私が笑うワケにはいかない。そう、そこはまさに「絶対に笑ってはいけない歯医者」──。中でも最も強烈だったのは「田中先生捨てゼリフ事件」である。



・喧嘩コント開始

当時、何の治療を受けていたかは忘れてしまったが、私はしばし自分の診察台で先生がやってくるのを待っていた。高橋歯科には4つほど診察台があるのだが、聞こえてくるのはいつもより激しい高橋先生と田中先生の言い争い。私は「お! 始まった!!」と固唾を飲んで全神経を耳に集中させていた。

内容はよくわからないが、どうやら治療方法で意見が分かれているらしい。まるで彼女のように高橋先生を問い詰める田中先生であったが、結果的には高橋先生が論破。おそらく学術的には高橋先生の方が正しかったのだと思われる。

高橋先生からすれば自分が合っているにもかかわらず田中先生が食い下がってくるのだから、流石にイラっとしたのだろう。普段は菩薩ほど温厚な高橋先生にしては珍しく「わかったならやってくれよ!」とやや声を荒げていた。

・高橋先生の完勝……かと思いきや

その数十秒後、いつもの菩薩フェイスを取り戻した高橋先生が「はい、こんにちは」と私の診療台へ。説明を受けた後、治療を開始しようと電動の椅子が倒されているまさにその瞬間! いまさっき論破された田中先生が私の席までやってきて、こう言い放ったのである。


「そんな言い方したら、女の子に嫌われるよ?」


うそーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!


何という負けず嫌い、何という向こうっ気の強さ。たった数十秒前に学術的に論破された田中先生は、感情そのまま高橋先生の元に殴り込み「女の子に嫌われるよ?」とか言い出したのである! うそでしょォォオオオオオオ!?

女の子爆弾をぶっ放した田中先生は、さっさと立ち去って行った。女の子爆弾をぶっ放された高橋先生は、ただただ絶句していた。そして女の子爆弾に巻き込まれた私は、必死に笑いをかみ殺していた。笑えん……ここでは絶ッッッ対に笑ってはいけん……!



・大好き、高橋歯科

治療中、私は自分の太ももを力強くねじり上げていた。自らの体に痛みを与えることで、押し寄せる笑いの感情を散らしてしまいたかったからだ。この「田中先生捨てゼリフ事件」は、私の中で「高橋歯科 = 笑ってはいけない歯医者」という概念を決定的なものにしたのである。

なお、このエピソードは少なくとも5年ほど前のこと。最近、田中先生に「捨てゼリフ事件」のことを話したところ「最近は全然ケンカしないのよ。私が任せられるようになったし、高橋先生もおじいちゃんになっちゃったから。アハハハハー!」と笑っていた。つ、強い。

つい先日、ちょっとしたアクシデントで私は歯の先っちょが欠けてしまった。めんどくせとは思いつつも、また高橋歯科へ行けるかと思うと楽しみで仕方がない。再び揉めごとは勃発するのか? 衝撃の「捨てゼリフ事件」を超える新作喧嘩コントに期待している。

執筆:P.K.サンジュン
Photo:RocketNews24.