つい最近までの筆者は、美味しいクリームパンを食べている時、よくこう思っていた。「このクリームを色んなものにかけてみたい」、あるいは「いっそクリームだけをもっと味わいたい」と。そしてそのたびに己を戒めた。「私の欲望は、クリームパンへの冒涜だ」と。
が、そんな葛藤を抱えていた筆者のもとに、有名クリームパンメーカーである八天堂によって衝撃がもたらされた。2022年4月1日、八天堂は自社のクリームパンに注入しているクリームを、便利なチューブ型にして発売しだしたのである。
つまりどういうことか。筆者の葛藤は面白いくらい無意味だったのである。
改めて説明すると、そのチューブ型クリームの商品名は「とろけるくりーむ」という。八天堂のクリームを様々な用途で使うことができる点が特徴で、オンライン限定の商品となっている。
公式HPによれば、「とろけるくりーむ」が作られたきっかけは、「クリームだけを楽しみたい」というリクエストがファンから寄せられたことらしい。筆者の葛藤はこの上なく無意味だったのである。
ともあれ、己の欲望がそのまま具現化したような商品であることは確かで、手に入れない選択肢はない。チューブ2本と、「かけてみてください」と言わんばかりにバームクーヘンを詰め合わせにしたセットが目に入ったので、今回はそれを購入した。価格は2808円だった。
そうして届いた「とろけるくりーむ」を実際に手にしてみると、えも言われぬ昂揚(こうよう)が湧き上がった。期待と背徳感と、その他もろもろの快楽物質が脳内を駆け巡った。
「かけてみてください」の声に従う前に自分にはやるべきことがあると、その思いが秒を追うごとに強くなり、筆者はまずそれを実行に移した。
すなわち「直食い」である。いや、正確には「直飲み」や「直吸い」が正しいのかもしれないが、何にせよその「まだ名前のない耽溺(たんでき)行動」こそ、筆者の脳が下した至上命令であった。
同封されていた説明書きを参照し、冷凍状態で届いたクリームを24時間かけて冷蔵庫で解凍したのち、皿に放出する。
美味しいクリームパンのクリームだけを摂取する。筆者に限らず、クリームパン好きなら多くの人が夢見る行いではなかろうか。この耽溺行動を夢見たことのない者だけが石を投げてよい。
もっとも、仮に石を投げられたとて、魅惑の世界に至った筆者に効きはしまい。それくらい、ダイレクトに堪能するクリームは美味だった。コクがあって濃厚な、それでいて甘すぎない絶妙な味わいが、滑らかな口溶けとともに、まったりと舌に浸透する。
たまらない。筆者はいま30歳を過ぎた大人だが、ようやく蜜を吸う昆虫の気持ちがわかった。このシンプルな充足感。こちらをたちまちにして引き込み、もうどうなってもよいと思わせてくれる幸福感。他ではめったに得られまい。
とはいえ、もちろんバームクーヘンのことも忘れてはいない。こちらに関しても、やりたいことがあった。チューブ型クリームの利点として、その用途が多岐に渡ることに加えて、使用するクリームの量を自分の好きなように調節できる点が挙げられるだろう。
ゆえに、たっぷりとかける。バームクーヘンを4時間ほど常温解凍したのち、たっぷりと。
思いがほとばしったあまり、もはや淑やかさとは無縁の見た目になってしまったが、しかし誰に責められるいわれもない。これぞ醍醐味であろう。
大口を開けて頬張ってみると、先の耽溺行動に匹敵する幸福感がそこにはあった。しっとりとしていながら口当たりの軽い上質なバームクーヘンに、クリームがよく絡み、さらなる高次元の様相を呈する。見事な甘味の重奏に、舌が歓声を上げる。
それでもまだ足りず、追加のクリームをかける筆者である。原型は欠片もない。バウムクーヘンの「バウム」はドイツ語で木を意味し、つまり年輪をかたどったケーキであるわけだが、そのアイデンティティをクリームで蹂躙(じゅうりん)しようが、誰に責められるいわれもない。
何せ不思議と、もっともっととかけたくなり、かけてもかけても美味しいのだ。味のバランスが崩れることはない。ひたすらに幸せな時間が続き、それに溺れるだけだ。
というわけで、かねてからの欲望は、こうして八天堂のおかげで十分すぎるほど叶えられた次第である。やはり人間、素直になるのが一番だ。素直に願いを表明してくれた人のおかげで、「とろけるくりーむ」は世に生まれ落ち、筆者のもとに届いたのだから。
では早速、私も素直に今の胸の内を明かしてみるとしよう。これからはクリームパンではなく、この素晴らしい「とろけるくりーむ」が八天堂の主力商品でもよいのではないか。いや、こんな物言いは、八天堂への冒涜だろうか?
参考リンク:八天堂「とろけるくりーむ」商品ページ
執筆:西本大紀
Photo:Rocketnews24.