「雑誌に載る → 単行本になる」という漫画作品の流通は、我々にとってごくごく当たり前のことだ。膨大な量の漫画雑誌を毎週読み捨て、読み切れないほど多くの単行本が店頭に並ぶ。しかしどうやら、それは日本に限ってのお話だったらしい。
私が現在滞在しているスペインの書店をのぞくと、広いコミックスコーナーには大きく2種類の漫画本が並べられている。 “日本の漫画” と “アメコミ” だ。では “スペインの漫画” はどこにあるのかというと……。
・謎多き1冊
日本の漫画とアメコミの中間に並べられていたのは『PLANETA MANGA』なる雑誌。「COMIC」ではなくあえて「MANGA」という点に、ただならぬ気配を感じる。
一見すると絵の雰囲気は日本の漫画に近いが、作品中の言語はスペイン語だ。全く正体が掴めないので調べたところ、どうやら2019年に創刊された『「MANGA」をテーマにした漫画雑誌』ということらしい……ん? マンガがテーマの漫画?? ますます分からなくなってきたな。
私はとりあえず創刊号を購入(4.95ユーロ / 約639円)し、翻訳カメラアプリを使いながら漫画を読み進めてみることにした。ちなみに『PLANETA MANGA』は年4回発行だが、多くの書店で創刊号から最新号までが揃っている。
・これは……パロディなのか?
スペイン人を中心に様々な国の漫画家が執筆しているという本誌の内容は、思いのほかクオリティが高い。それにしても……
キャラクターたちが欧米ではなく「アジア人の顔」をしていること、洋服や髪型のセンスが明らかに日本のものであること等が気になって仕方ない。中には日本の女子高生の制服を着ているものもある。
また舞台が日本っぽい作品も多数。絶妙に「ちょっと違う」ところが面白い。
さらには突然登場するガチの日本語! これはひょっとして、日本の漫画をテーマにしたパロディということなのだろうか? 「日本の漫画でありがちなこと100連発」的なヤツ……?
・漫画家本人に聞いてみた
読めば読むほど全然分からないので、私は思い切って漫画家本人に直接コンタクトを取ってみることにした。創刊号に掲載された全14作品のうち、私が最も気になったのは『MIDORI BOSHI(ミドリボシ)』という作品を執筆されたアキラ・パンツ先生だ。
アキラ・パンツ先生作品の魅力はキャラクターのかわいらしさ。日本の漫画っぽさと外国の漫画っぽさがミックスされた、なんともクセになる絵柄だ。グッズが欲しい……。
そしてもうひとつ、私がど〜しても気になったのが作中に登場する「擬音(オノマトペ)」である。「ゴゴゴゴ……」「ニコニコ」「ドカーン」等といった、漫画の吹き出し外に登場する文字のことだ。
なんとアキラ・パンツ先生の作中に登場する擬音は、そのほとんどが日本語で書かれているのである! これスペイン人には読めなくね!? しかしその擬音がなんともこう、日本人には出せない深〜い味わいを秘めていてカワイイのだ。
そして何より……「アキラ・パンツ」という奇抜なネーミングよ。気になりすぎるぞアキラ・パンツ先生! ってことでアキラ・パンツ先生(スペイン人)ご本人に由来を聞いてみた。なお英語でのやりとりであるため、超訳が多少含まれていることをご理解いただけると幸いだ。
アキラ・パンツ先生「私は “アキラ” という名前が大好きなんです。また “パンツ” はパンティーを意味するので、日本人は少しおかしいと思うかもしれませんね。しかし私は “パンツ” という響きがとても可愛いと感じます。ちなみに私の別作品には “アキラ” と “パンツ” という名前のキャラクターが登場するんですよ。そんなわけで私はこの名前になりました!」
私はこの時点でようやく気づいたのだが……実はアキラ・パンツ先生、超カワイイ女の子なのである。先生にそう言われると確かに「パンツ」って超カワイイような気がしてきた。スペインのお嬢さんが “アキラ” と “パンツ” を気に入っておられること、日本人として感激の極みであります……。
・好きな漫画がエグい
可愛いものが大好きなアキラ・パンツ先生。きっと少女漫画が好きなんやろな……そう思い「好きな漫画を教えてほしい」とお願いしたところ、わりとハードな答えが返ってきたのでここにご報告させていただく。
『Pandora Hearts』(望月淳)
『HUNTER x HUNTER』(冨樫義博)
『新世紀エヴァンゲリオン』(アニメ)
『おやすみプンプン』(浅野いにお)
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(浅野いにお)
『モブサイコ100』(ONE)
『ガンバレ!中村くん!! 』(春泥)
『宝石の国』(市川春子)
う〜む……日本人でもコア層しか読まない漫画が勢揃いしてしまったぞ。アキラ・パンツ先生の日本漫画に対する情熱は、先生のTwitterやInstagramアカウントからチェックしてみてくれ。
最後に私がずっと気になっていた「日本語の擬音」問題についても尋ねてみた。
アキラ・パンツ先生「日本の漫画がスペインで出版される場合、日本語の擬音の横に小さくスペイン語の翻訳が入ります。ですからスペイン人は日本語の擬音を見ることに慣れているんです。この雑誌のテーマは “漫画” を描くことですから、私はあえて日本語の擬音を入れたいと思いました。
日本漫画の擬音は素晴らしい。私は “MANGA” が特別なものである大きな要因は、実は擬音だと思っています。日本語の擬音は、使うだけで色々なシチュエーションや気持ちを表現できる。これはスペイン語や英語にはできないことです。私にとって日本語の擬音を使うことは、とても面白いことなんです」
・全日が泣いた
グラシアス……アキラ・パンツ先生。日本から1万キロ離れたスペインの地で、これほど真面目に日本の漫画と向き合ってくれている人がいる。私は泣いた。日本政府は今すぐアキラ・パンツ先生に感謝状を送るべきだ。
スペインの漫画界は今まさにトキワ荘の時代を迎えている。将来的に日本の漫画やアメコミに並ぶ、世界の一大ジャンルに成長していくことだろう。『PLANETA MANGA』は電子版も発売中なので、漫画ファンは必ずチェックしておくように!
執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.