
何かを目にして違和感が生じたとき、それが狂気ゆえなのか、それとも見たものが確かに問題のあるものであったのか……自らがある種の強迫神経症であり、さらには日本における文化的な常識を欠いている自覚がある私は、往々にしてその判断に迷う。
ある種の強迫神経症とはつまり、潔癖症である。文化的な常識を欠くというのは、大体がバカバカしい(年下がお茶汲み係になったり、乾杯時にグラスを下げるなどその手の常識である)と感じたため、学ぶ気が起きないからだ。そして今回判断に迷っていることとは、お店においてある醤油さしの使い方についてである。
・老婆と男児
順を追って説明しよう。きっかけは、ふらりと入ったレストランにて目にした、別のテーブルでの出来事だ。そこには老婆と、その孫と思しき男児が座っていた。特に注視していたわけではなく、私は低い衝立(ついたて)的な壁を挟んで右斜め向かいに座っており、何もかもが丸見えだったのだ。
ほどなくして彼らのテーブルに料理が届けられ、醤油を料理にぶっかけようとする男児。しかし老婆はそれを制止。そして「こうやるとちょっとずつ注げるんだよ」と言い、自ら醤油を注いで見せているようだ。そして、再び醤油さしを男児に渡し、自分を真似てやってみせるよう促(うなが)した。
ちなみに店の醤油さしは、全く同じ形の注ぎ口が前後に1つずつ開いているタイプだ。前後とは言ったもののその区別は無い感じの、上から見ると中心に対して完全に対称な形状のものである。
私のところから老婆の手元はよく見えなかったが、男児の手元はよく見えた。男児は醤油さしに開いた2つの注ぎ口のうち、1つを指でふさいだり開いたりしながら注いでいる。なるほど、老婆が何を教えていたのか明らかとなった。
皆さんもご存じだろう。私自身、幼いころに教わった覚えがある。醤油さしの注ぎ口の反対側に開いている穴を指でふさぐと、空気が入らないため醤油は出ない。
これを利用して、穴を指でふさいだり開いたりすれば出る量を調節できるというやつだ。きっと知識としてはかなり広く知られている。知らなくてもそこまで困ることはない気もするが、知っておくに越したことはない。
・醤油さし
しかしである。先に述べた通り、この店の醤油さしは、「注ぎ口が1つと、その反対に空気穴が1つ」あるタイプではなく、「注ぎ口が2つ」あるタイプなのだ。しかも、形状から前後の判断はつかない。
今しがた老婆と男児が空気穴扱いで指でおさえていた開口部も、後に別の誰かが使う際には注ぎ口として機能し得るだろう。想像して頂きたい。見知らぬ老婆と男児の指でたっぷりなぶりまわされた注ぎ口から出る醤油。彼らが指で何に触れ、そしてその指が最後に洗われたのはいつなのか。
醤油にはもれなく老婆と男児の指に付着していたあらゆるものが混入されるだろう。そんな醤油を口にする者が出るのだ。それは、入店のタイミング次第では私だったかもしれないし、本記事を読んでいるあなただったかもしれない。
これは、衛生的に問題のある行為ではなかろうか?
ほぼ常識レベルのテクニックなので、もしかしたらクセで何も気にせずやっている人も多い気がする。超絶にレアなケースに偶然遭遇した可能性もゼロではないが、多くの人が知っているテクニックである以上、その可能性は相当低いように思う。たぶん至る所で日常的に起きている。
家でやる分には好きにしたらいいと思う。何をどうしようと、その家の者にしか関係のない話だ。「注ぎ口が1つと、その反対に空気穴が1つ」なタイプの醤油さしでも、空気穴を指でいじりまわすのは問題ないだろう。しかし「注ぎ口が2つ」の場合は不潔に思える。
・マナーや慣習な可能性
まあ気にしない人も多いだろう。それに、私はそこそこ重度な潔癖症であり、他人からの評価がどうであれ、私自身はこの点で私が社会不適合者だと確信している。確信したうえでそれを押し通すと決めて生きているため、狂人だと評されても反論はしない。
私にとって耐えがたい不潔や不衛生は、多数にとって何ら問題が無いことが当たり前だ。例えば、トイレで排尿や脱糞にいそしんでから手を洗わないこととて、多くの人は気にしないと知っている。ちなみに私は最低2回は石鹸で手を洗うし、石鹸が無ければ一切に触れぬよう気を付けつつ、石鹸付きの洗面所を求めて放浪する。
それにもう1つ。もしかしたら醤油さしの穴を指でふさぐことは、現代日本において何にもまして優先されるべきエチケットやらマナーの類なのかもしれないという可能性。私には日本のそういったものをよく知らないという自覚がある。箸や茶わんについての作法こそ人並みだと思っているが、パーフェクトである自信はない。
そして、世界には外部の者からすると不思議に思えるマナーがあふれている。例えば、日本ではトイレットペーパーを流すことは何にもまして優先されるべきトイレにおけるマナーだが、そうではない国も多い。
トイレットペーパーですら、流したり流してはいけなかったりするのだ。であれば、誰もが使う醤油さしの注ぎ口を指で押えることとて、日本においてはマストであり、そして単にそれを私が知らないだけな可能性があるだろう。
あるいは慣習である。慣習の場合は何かしらの価値観(時には宗教的な)に基づいている場合がある。例えば、多くの者の指でタッチしまくった醤油差しの注ぎ口からは、より芳醇なコクと香りをまとった素晴らしい醤油が注がれる的な、そういう価値観が日本にはあって、そこから発生した慣習かもしれない。
日本は教育水準が高い方だし、こうも非科学的な慣習は無いと思いたい。しかし慣習というのは往々にして科学と相反するものだ。例えばネパールのある地域では、生理中の女性を竪穴式住居じみたどうしようもない小屋に閉じ込めて隔離する「チャウパディ」という慣習があり、これで女性がよく死ぬ。
理由は不浄だからという非科学的極まりないもので、どう考えても21世紀にはふさわしくない狂気の沙汰だ。しかも、ずいぶん前に違法とされている。それでも慣習なので、余裕で続いている。
人命にかかわり、違法でも消えないのである。ましてや、今論じているのは醤油の注ぎ口の衛生についての問題。人命や法と比べれば他愛もなさすぎる。もし注ぎ口を指でおさえるのが慣習であったなら、それが衛生か不衛生かなどという議論は、無知な愚者の喚(わめ)きに他ならない。
・どうなのか
もちろん疑問に感じた時点で、注ぎ口が2つある醤油さしの用法に関するマナーをGoogleなどで検索してはみた。注ぎ口の1つを指で押さえるのは重大なマナーなのか。衛生か不衛生かで論じていいものなのか。そもそも気にすること自体が狂気の沙汰なのか。
しかしそれに関する権威ある立場の者からの見解というのは見つけられなかった。匿名の一般人の見解というものはちらほら見かけたが、有意とは言い難いだろう。
まあ見つからなかったということで、少なくともマナーではないのだと思われる。もしかしたら今後、マナー屋的な人々がマナー化するかもしれないが、その時はその時だ。
しかし、まだ慣習である可能性は残っている。情報が出てこないということは、ごく普通のことすぎて誰も疑問に思わないからかもしれないのだ。慣習ではなかったとしても、醤油さしの注ぎ口が他人の指が触れたかどうか自体が大半の者にとってどうでもいい可能性もまた、依然として残っている。
私の意見は、もちろん不衛生なのでやるべきではないというものだ。もっとも、今回実際にやっている人を見てしまったので、今後は注ぎ口が2つある場合に醤油を使うことは無いだろう。
ゆえに、どうであれ個人的には解決したと言っていい。しかしこの醤油さしの注ぎ口に関する問題には、先述の通り不明な点が多い。せっかくなのでこの機に知りたいところ。
そこで、今回こうして記事にすることにしたのだ。さて、お店に置かれている「注ぎ口が2つ」のタイプの醤油さし。そのうちの1つを指で押さえて使うことは不衛生か否か。そもそも慣習だったのか。あるいは、気にすること自体が狂気の沙汰だったのか……。
もし慣習でもなく、また誰でも気になり得るレベルの問題であれば、潔癖症ではない「普通の人」にとって、醤油さしの注ぎ口を指で押さえることは衛生的に受け入れられるものなのか否なのか。皆さんはどうお考えだろう。
参照元:AFP
執筆:江川資具
写真、イラスト:RocketNews24.
江川資具


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