もう師走はそこまで来ている。これから寒さが一段と増し、冬本番を迎えることになる。体調管理もさることながら、心の管理もしっかりとしていきたいものだ。寒さは人の心を弱くするもの。

きっとこの春、生活環境が変わった人は、最初の冬の到来に、妙に寂しさを感じているかもしれない。そんな時は、最初の1歩を振り返ってみて欲しい。踏み出した最初の1歩に、自分を勇気づける何かが潜んでいるかもしれないから。

・上京最初のアパート

そういう私(佐藤)自身も、ここのところ心が空く思いをしている。もしかしたら、上京最初に住んでいたところを訪ねると初心を思い出すのではないか? そんな風に考えて、昔のアパートのある東京・西新宿五丁目の駅に降り立った。


この地域を住所地で示すのは、ちょっと難しい。というのも、新宿区・渋谷区・中野区の3区が隣り合っており、通りを隔てて「こっちは新宿、ここから渋谷、そっちは中野」と言った具合で微妙な線引きとなっているからだ。私が最初に住んだアパートは、駅から徒歩約5分のところ。駅近の好立地ではあるが、スーパーなどが近くになく、日用品の買い出しに苦労した記憶がある。


・希望に満ちていた

ここに住んだ期間は足掛け10年。約5年前に現住所に引っ越すまで、この界隈で過ごした。地域の西側で急速に再開発が進み、もしかしたら取り壊されているのかも? それでなくても、築年数がかなり経過した古物件。夏暑くて冬寒い。我が人生において、「再び住みたいと思わない建物ランキング」で堂々の1位に輝く、木造家屋だった。


表の通りから建物の方を見ると、まだ取り壊されずに残っていることを確認できた。外壁を明るい色に塗り直したらしい。何だかホッとした。個人的にはまた住みたいと思わないが、なくなったら寂しいのが正直な気持ち。住む気にはなれないが、あの頃の生活があればこそ、今の自分がここにいる。いや、むしろ、あの頃の私は、住むところに関係なく、希望に満ちあふれていた。幸い、上京当時のことを過去のブログにこう記していた。


2004年11月9日のブログ

「借家も引き払い、部屋の鍵も車の鍵も手元には残っていない。多分小学生以来だろう。鍵を1つも持ち合わせていないのは。鍵には「責任」と「約束」がある。自分の管理する環境、それは部屋や家であったり、職場であったり、また車であったり。それらを自分の責任において管理できる証、言わば「許可証」としての鍵は、責任を司る。

そして、約束はそこが帰る場所であったり、仲間のいる場所であったり。人や物と触れ合える事を約束してくれるのも、鍵だ。私は今、誰との約束も持ち合わせていないし、責任を果たす能力も役割も担っていない。想像していた以上のリセット。

行きのバスでも、この先に乗る新幹線でも考えるだろう。私は一体何が出来るのか、私はどうなって行こうとしているのか。自分を深く見つめ直し、もう一度、1から組み立ててみよう。未だかつてない想像力と、活力が湧いてくる。やる気が故にセンチメンタルを感じないのだろう。オノボリさんで結構だ。興奮が私を焚き立てる


2004年11月15日のブログ

「住環境は概ね整った。いや、若干予想より過ぎている程、快適だ。雨漏りさえ除けば、最高と言って良い。何しろこうやって、文章をお伝え出来るのが有り難い。明日で松江を離れて一週間。さて、環境は整った。暮らす事も然(さ)る事ながら、学ぶ事に意識を傾けよう。住めば都とは、全くその通りだ


・寒さはいずれ去る

この後、1年と経たずに心が折れて、真剣に帰省しようと考えた。しかし、心優しい友人が「帰って来るな」と言ってくれたおかげで、今もこうしてここにいることが出来ている。上京して数年を経過した後には、身もだえするほどの貧乏生活に突入するが、それもこの格安アパートがあったおかげで、何とか乗り越えることができた。


新しい環境で初めての冬を迎えたあの日。寒さは寂しさを増幅させ、身体の震えは心をますます萎縮させていた。クリスマスの賑わいが、イタズラに孤独な気持ちをかき立てたのを忘れない。でも、いつでも帰れる場所があることを、自分にとって居心地の良い場所があることを思い出せることが励みになった。先の見えない闇を、ひとりで歩いている気持ちにもなったけど、この寒さはいずれ去る。友人の励ましで、そう信じることができた。


少なくとも最初に踏み出した1歩が、今まで歩ませてくれた。あの時、踏み出した自分に感謝を贈る。「ありがとう」。


執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24