ひょっとしたら神はいるかもしれない。典型的な無宗教の日本人である私(中澤)が、神様に感謝した日の話をしよう。

イギリスの空港という完全アウェーで絶対絶命の状況に陥った時連発した奇跡。いまだに私には信じられないのだ。あの時のことが──。

・イギリスでのフェス出演前日

バンド『si,irene』のツアーでギターを弾くため1週間ほどイギリスに行っていた私。オフ日に各地で取材を行っていたわけだが、事件が起こったのはイギリスに行って3日目のことだった

イングランドとスコットランドの国境沿いで取材を終えた私は、この日の昼、ニューカッスル・アポン・タインから飛行機でヒースローに戻る予定を立てていた。

明日はついにブライトンでライブ。イギリスへはこのライブのために来たと言っても過言ではない。しかし、ブライトンはイギリス南部の海沿いだ。このイギリス縦断を果たすためには飛行機での移動が不可欠だったのである。

・想定外の事態が発生

英語もろくにできないのにイギリスの国内線に乗るのはぶっちゃけ怖かったが、幸いこちらに来る時も飛行機で来ている。ちなみに、航空会社はどちらも同じブリティッシュ・エアウェイズ。そのため、空港や搭乗の流れも大体分かっていた

チェックインは、事前予約してスマホに送られてくるコードを読み取りチケットを発券するだけ。そのため読み取りの機械さえ見つければいい。人と話すことはないため、英語が話せなかろうと超余裕。なんか俺ワールドワイドじゃね? ウェーイ!


──だが、ニューカッスル・アポン・タイン空港には機械がなかった。


嘘ぉん……。ちょっと待ってよそんなの聞いてないよ? あと出発まで30分なのにどこでチケットを発券するのかが分からない。そこで、ゲートのお姉さんに拙い英語でなんとか聞いてみたところ、チケットを発券する受付の場所を教えてくれた。出発まであと25分。

・積もる不安

ブリティッシュ・エアウェイズの受付に行ってみると先客がいたためその後ろに並ぶ。しかし、ここに来て不安になってきた。ちゃんとチケットは2枚分予約されているだろうか

私はこの時『si,irene』のドラマー・今井貴雅(いまいたかまさ)と行動を共にしていた。帰りのチケットは私が一括で予約していたのだが、コードは1つしか送られてきていない。まあ、行きはこれを機械で読み込んだら、2枚チケットが発券されたし大丈夫なはず……。

・トラブル発生

考えているうちに、先客の対応が終わったっぽい。だが、同時に席を外すブリティッシュ・エアウェイズの受付の女性。いやいやいや! 並んでますがな!! 出発まであと20分。

どうやら受付の女性は別の作業をしているようだ。ジリジリしながら待っていると、隣のカウンターにいた別の航空会社の女性が、「代わりにやってあげるわ」的な感じで席について呼んでくれた。そこで、コードを見せながら、これまた拙い英語で2人分予約されてるか聞いたところ……

NO


──え? 今ノーって言った? いやいやそんなはずはない。行きはイケたんだもん。絶対イケるはずだって! しかし、「1コードにつき1人」ということを繰り返す女性。そんなバカな……。出発まであと15分

どうする……? 買いなおすか? でもこの便を逃すと今日中にブライトンに着くのは不可能だ。繰り返すが、ライブは明日。明日の朝いちの便に乗ったとして、ライブまでにブライトンにたどり着けるんだろうか? 多分無理な気がする。つまり、この飛行機は逃せない

・チェックインできないまま残り10分

だが、チェックインが認められないまま出発までの残り時間はあと10分をきった。え、マジで? マジで無理なん? 何回も聞いていると、受付をしてくれた女性がブリティッシュ・エアウェイズの受付嬢を呼んできてくれた。そこで、改めて2人分予約されてるかを聞いてみると……

YES!


──何ごともなかったかのように2枚のチケットが発券された。とは言え、まだ安心してはいられない。なぜなら残り時間は8分しかないからだ。この8分でゲートを通り抜け、荷物チェックを受けて、搭乗口にいかないといけないのである

・タイムアタック

ゲートはちょっと並んでた。マジかよ……。ジリジリ通り抜けると、荷物チェックも結構並んでる。ゲートからの流れなので当たり前だが、これ間に合うのか? もはや時計を見るのが怖い。余計な引っかかりがあったら即アウトのため怪しいものは全部捨てた

荷物チェックを通り抜けて時計を確認すると出発まであと2分! マ、マズイ!! もはや搭乗口のモニターを探してる暇はない。搭乗口分からないけど、途中にあるモニターで確認するしかねェェェエエエ!

出発ロビーを人を避けながらとにかく急ぐ。ロビーからエスカレーターに乗って両開きのドアを開くと廊下が続いている。廊下を進んでまた両開きのドアを開けたところ、階段で言う踊り場のようなスペースが。そこに設置されている時計が目に飛び込んでくる。時計が指し示す出発までの残り時間は……5秒

絶対絶命だ。私はこの時バンド『si,irene』のライブのことを考えていた。もし、私たちが明日までにブライトンにたどり着けない場合、『si,irene』はギターとドラムがいない状態でフェスのステージに立つことになる。ヴォーカルとギター1本とベースだけで。ロックバンドとして致命的すぎるだろ

・信じられない事件

もちろん、こんなことになっているなんてブライトンにいる『si,irene』のメンバー達は知らない。バンドが絶対絶命になっているなんて想像だにしていないだろう。申し訳なさすぎる……。迫る出発時間。と、その時、事件は起こった

突然、廊下の電灯が全て消えたのである。え!? 何コレ? そう思うが早いか、近くにあったモニターも「キュイィィィィン」と音を立ててシャットダウン。突然の異変に辺りもザワザワ。同時に英語のアナウンスが鳴り響く。

何か緊急事態が発生したようだが、重ね重ねになるが、私は英語が苦手だ。それは一緒にいる今井も同じ。ペラペラと何度も流れるアナウンスに2人で懸命に聞き耳を立てるが、アナウンスだと何を言っているのか余計に分からない。一体何が起こっているのか?

混乱していると、空港の職員さんがやって来て大雑把に状況を告げる。「power failure」と。停電か! って、このタイミングで空港が停電だと!? 泣きっ面に蜂……。

いや、これは逆に考えたら飛行機は飛べないんじゃないのか? まだ、希望は潰えていないのかもしれない。そこで私たちは再び国内線の搭乗口に急いだ。

・奇跡

ニューカッスル・アポン・タイン空港の国内線の搭乗口は、部屋のようになっており、その入り口でチケットをチェックする形だ。停電で真っ暗な廊下に、そんな搭乗ラウンジへの入り口が並んでいる。

だが、モニターの電源も落ちているためどの入り口かが分からない! どれだ!? どれがヒースロー行きだ!? 廊下を進みながら慎重に見ていくと、1つだけ行列のできている入り口を発見。

ここか……? でもでも、停電になったのは出発時間をちょい過ぎてからだし、次に出発する別の便の行列かもしれない。というか、その可能性の方が高いんじゃないだろうか。

とは言え、これが別便ならもう完全にアウトだ。その場合、ブライトンへなんとか明日までに着ける別の移動方法を考えたい。そんな方法がなかったとしても。なんとか確認できないものだろうか

状況は最悪。停電で Wi-Fi さえも通じなくなっているのでネット検索すらできない。情報的には封鎖されているも同然だ。そのため、並んでいる人に聞こうにも、聞き方も分からなければ相手の言ってることも翻訳できない。

ダメ元で聞いてみるか? 迷いながらウロウロ歩いていた時、飛び交う英語の中に、明らかに違う言語の発音が混じった気がした。もの凄く聞き覚えのあるその発音。そう、日本語である

いやいや、ロンドンとか日本でも有名な観光地ならともかくニューカッスル・アポン・タインだよ? この辺りでは大都市とは言え、街でも観光地でも日本人なんて1人も見ていない。絶対聞き間違えだ。不安すぎて空耳が聞こえたに違いない。

しかし、足は勝手にその声のする方へ歩いていた。入り口のドアの向こうから聞こえるその声。ドアに耳をつけて聞いてみた。空耳ではなくハッキリと聞こえる。日本語だ! そこで、ドアを開けてみたところ……


日本人だ……ッ


恥ずかしながら嬉ションしそうになった。ニューカッスル・アポン・タインにこのタイミングでこの場所に日本人がいるなんて奇跡すぎる……!!

ドアの向こうにいたのは3人の日本人。年配の男女に10代くらいの女性だった。おそらく家族なのだろう。さっそく話しかけ、この飛行機について聞いてみたところ私たちの便と合致。た、助かった……。

・神の存在を意識せずにはいられない

こうして、我々は無事(?)ブライトンに到着。翌日フェスに出演することができたのだった。フェス出演のもようは、以前の記事「【突撃】売れないバンドマンが海外夏フェスに出演した結果 → 拍手喝采に震えた」をご参照いただけると幸いだ。

今考えても、あのタイミングで停電が起こったことや、都合良く日本人観光客がいたことなどが信じられない。これがマンガだとしたら「ご都合主義」と言われてもおかしくないだろう。

音楽の奇跡とは別の意味で奇跡が起こったこの前日の出来事。思い返す度に、『BECK』でライブ前にありそうなエピソードだと思う。意識せずにはいられない。ハロルド作石という神の存在を。ハロルド作石先生ありがとう。

イラスト・執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.

▼イギリスツアーは奇跡の連続だった

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