まさか自分の人生にこんなことが起こるとは……。


今年7月初旬のこと。旅先のタイで、同じく仕事で来ていた父と1日だけスケジュールがかぶった。せっかくなのでと食事に行くと、いつも小言しか言わない父が珍しく「旅行は楽しんでるか」などと尋ねてくる。南国の気候は人の心を穏やかにするのだろうか。

旅先での出来事を語る私。「そうかそうか」とうなずく父。2時間ほど話し、さぁそろそろ帰りましょうかね……という空気の流れたその時だった。突如として口を開いた父が、ゆっくりとこう切り出したのである。


「実はお父さん、すごくショックなことがあってな……」


・「先週おばあちゃんちが燃えちゃったんだよ」

犯罪、病気、知人の死……様々な推測が一瞬のうちに頭をかけめぐったが、父の「祖母宅全焼宣言」はそのどれをも超越するインパクトを持っていた。おばあちゃんちが、幼少期の多くを過ごしたあの家が燃えたと言われても、実感がわかなすぎて何となく笑ってしまう。

言葉が出てこない私にいきさつを語り始めた父。1週間前、タイ行きの飛行機に乗るため関西国際空港へ向かう道中で「今まさに燃えてる」と親戚から連絡が入ったそうだ。車を止めてしばし呆然とした父は当然、フライトをキャンセルして引き返すことを考えた。


「でもな、よく考えてみれば、戻ったってどうしようもないだろう?」


いやそんなはずは……! でも確かに婿である父などが駆けつけたところで邪魔をするのが関の山である。祖母と叔母の生存確認は取れた。ならば予定通り仕事をこなすのが最善と、自分も判断するかもしれない。


「お前に連絡しようと思ったんだけど、連絡したってどうしようもないと思ってな……」


これも同様に、私が旅を中断して帰国したところで何もするすべはない。ならば楽しんでいる娘をわざわざ悲しい気持ちにさせることはないと、父が決めたことに納得は……いく……けど……


そうは言ってもやるせねぇな……!


・「全焼」の定義

帰国後すぐに訪れた祖母宅は真っ黒だったが、正直「全焼」と聞いてイメージしていたよりは、ほんの少しマシだった。家の骨組みが残っていたからである。私は全焼とは「あとかたもなく灰になった状態」をいうものと思っていたのだ。

消防庁・警察庁・厚生省・建設省の統一基準によれば、「全焼」の定義とは「住家の焼失した部分の床面積がその住家の延床面積の70%以上に達した程度のもの、または住家の主要構造部の被害額がその住家の時価の50%以上に達した程度のもの」である。

例えば火元から遠かった台所と風呂場は、天井こそ抜け落ちて壁は黒ずんでいるものの、修理すれば使えそうにも見える。しかしそれ以外の家屋が焼けてしまっているので、台所だけ残すなどということは現実的ではないらしい。

よって「全て取り壊すほかない」と査定された祖母宅は時価の50%どころか100%の、やはり完全な全焼なのであった。

・過失も放火も保険金ほぼ変わらず

「隣のスーパーが10円安かった」などと言ってはカッカしながら生きているというのに、被害額が数千万円と聞いても「まぁ、生きててよかったよね」と心から思えたことに驚く。人間の感情って不思議だ。

ちなみにこの火事は、畑で焼いた枯れ草の火が家屋に燃え移ったというもの。実は燃え移った瞬間を祖母と叔母は見ており、「アラアラ水持ってきて」とかやってたらあっという間に火が広がったというのだから怖い。

保険会社から祖母に支払われた保険金は約1200万円。これは掛け金に対するほぼ満額だ。驚くべきことに100%の過失によって起こった今回の火事が、仮に放火だったとしても保険金額は5%ほどしか増えないらしい。ゾッとする話である……。

・後始末の費用

今回何より驚いたのは『解体費用』だ。半分以上焼け落ちた祖母宅を壊すのに、なんと400万円かかるとの見積もりを業者から言い渡された。そんなにするの!?

聞けば本来は200万円もかからない規模だが、火事だから400万円なのだという。どういうことかといえば、火事で出た廃材は普通とは違う工程で処分しなければならないから。泣きっ面に蜂とはこのことか。


さらに『近隣住宅の補修』という問題もある。祖母宅は周囲を庭に囲まれた造りのため、幸いにも近隣に火が移ることはなかった。しかし近くの住宅の壁や植木が、熱風で少し被害を受けたのだ。

もちろん補修しようと、住宅会社に問い合わせた見積もり額が数百万円。身内とか関係なく、誰がどう見てもそんなにするわけはなさそうに見える。……が、残念ながら詐欺などではない。もちろん住人の方にも悪意は全くない。

大手の会社が量産する規格住宅の場合、住宅として購入するぶんには割安だ。しかし「一部だけ直す」となると、とんでもない金額になるケースが多いのだという。もちろん状況や会社によるのだろうが、メーカー独自の規格なため他の建築会社では直せない。言い方は悪いが「言い値」ということになる。


そんなこんなで保険金は後始末にほぼ消えたと言っていいだろう。だがヨソの家を焼いたり誰かが命を落とさずに済んだのだから、本当によかった。


・おばあちゃんのその後

家が燃えたことよりも、祖母が気を病んでしまうのではないかと家族は心配していた。しかし祖母は意外なほど元気で、身を寄せた親戚宅でこれまでと変わらずテレビをみたり寿司を食べたりしている。

取り壊しが終わったら、なんと祖母は家を新築するつもりなのだそうだ。人生の終盤でとんでもない体験をした祖母だが、案外まだまだ生きるのかもしれない。

帰り際に祖母がお小遣いをくれた。何千万円失った祖母にお金をもらうなんておかしいが、断るのもおかしい気がして受け取った。家が完成したらなにかドーンとプレゼントしなくては。

祖母宅の火事を「記事にしよう」と思った私を、不謹慎だという人もいるかもしれない。だが「祖母宅が全焼した孫の気持ち」って割とそんなものだと、体験してみて知った。祖母と叔母が怪我でもしていれば違っただろうが、「命があった」というありがたみの前には物の価値なんて大した問題ではない


そうは言っても悔しいのは、祖母が上等の着物をたくさん持っていたことだ。それも全部燃えてしまった。私にくれていればよかったのになぁ。

・今すぐ備えるべき

保険や後始末の件については、状況と地域によって差があるはずなので一概にはいえない。しかし火事は誰の身にも起こり得るということだけは確かな事実である。

自分の人生で周りに火事が起こる可能性は低い。しかし今回私の身にそれは突然起こった。一歩間違えれば人生が終わる可能性もあるということを、多くの人が現実のものと考えてくれることを願う。


伝わりづらいことだと思うが、今すぐ備えるべきである

参照元:防災HP
Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.

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▼ギリギリ焼け残った私の写真

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