2017年現在、地球上で最も危険な場所と言ったらどこだろうか? 最近はマシになっていると伝えられているが、イスラム国に国の一部を侵食されている「イラク」や「シリア」がそのひとつに入るだろう。以前、この辺境音楽マニアでは、シリアのメタル事情を伝えるドキュメンタリーを紹介した。

一方のイラクだが、実は「イラクにメタルバンドがいる」というのは、元々辺境メタルマニアの間では、たまに話題になること。しかし日本語のサイトでは、まとまった記事が存在しない。そこで今回の「辺境音楽マニア」ではイラクのメタル事情をお伝えしよう。以下はイラク発のメタルバンドである。

・Dark Phantom

イラク出身のメタルバンドとしては、ビデオクリップやライブ映像が豊富にあり、最も分かりやすいバンドだ。結成は2007年。出身はクルド人政府とイスラム国との激しい戦闘に見舞われたキルクーク。キルクーク初のスラッシュメタルバンドと名乗っており、2011年に秘密裏に初のライブを行う。

しかしその後、テロ組織から脅迫され、しばらく地下に潜伏。2014年に初のオリジナルソング『Nation Of Dogs』を発表した。ちなみに近年のイラクのメタルバンドが現地で撮影したビデオクリップで最も鮮明なもの。

スタイルとしてはデスラッシュで、影響を受けたバンドとして、「Metallica」や「Testament」などを挙げている。『Orphaned Land』に触発されたようなオリエンタルなメロディーラインに、クリーントーンボーカルが挟み込まれており、異国情緒感も感じさせる。ESPのギターやVOXのアンプなど機材はごく普通だ。

・Acrassicauda

サダム・フセイン時代から活動している、イラク出身としては最も有名なメタルバンド。2000年にバグダッドで結成され、2005年にイスタンブルに移転。2009年にはアメリカ政府から「難民認定」され、ニューヨークに移住。2007年のドキュメンタリー『Heavy Metal In Baghdad』で登場するので、知っている人もいるかもしれない。

率直に言うと、曲づくりは凡庸。バンド自身が「イラク出身」を売りにしているところがあるが、すでにイラクを離れてからかなり年月が経っており、もはやイラクバンドとは言い難いかもしれない。

・Erragal

バグダッド出身、2009年に結成されたダークアンビエント。後述する「Amelnakru」をサイドプロジェクトとしてやっている。イラク出身という希少度だけで目立っている訳ではなく、この手の音楽が好きな人達からは、ある程度評価されており、スウェーデンのダークアンビエント専門レーベル「Salute Records」に所属している。Amelnakruと同様、イスラム色を一切排除しており、身を案じざるを得ない。

・Amelnakru

2011年にバグダットで上記「Erragal」のサイドプロジェクトとして始められたディプレッシヴ・ブラックメタル。影響を受けたバンドとして、知る人ぞ知る「Xasthur」と「Coldworld」を挙げており、リスナーとしても相当本格的なマニアである。

前イスラム時代のアッシリアやバビロンをコンセプトに掲げており、バグダットで活動しているとしたら結構危険なはず。それもあってか、あまり普段の活動や写真を公開していない。

・Cyaxares

クルド人自治区のスレイマニア出身のデスメタル。イラク本土と異なり、クルド人自治区はかなり安全で、一部は建築ラッシュとまで報じられており、このような場所でのメタル活動は比較的簡単と見られる。結成は2009年。バンド名の由来はメディア王国の王キュアクサレス2世から。

このバンドもイスラムではなく、古代中東の歴史や神話をテーマとしている。音的には「Nile」や「Rudra」などに影響を受けたオリエンタルなデスメタルと言えるが、ブラストや疾走パートはなく、やや単調なのは否めない。

・Dog Faced Corpse

バグダッド出身のブルータルデスメタルバンド。結成は2008年。「Suffocation」、「Gorgasm」、「Disgorge」などのブルータルデスメタルから影響を受けたとしており、世界の流行はよく把握しているようだ。ジャケットなどからもその雰囲気は伝わってくる。メンバーの1人は「Psycroptic」のシャツを着ており、なかなかのマニア。

しかし演奏力や作曲力はかなりレベルが低く、イラク出身でなければ全く見向きもされないレベル。バンド名の由来は2006年に発生した、兵士によって殺害された市民の死体の頭部に犬の頭が縫い付けられていた事件から。

・Sodomophilia

2011年にバグダッドで結成されたブルータルデスメタル。影響を受けたバンドとして「Dying Fetus」や「Kraanium」など、モダンなデスメタルバンドを挙げている。しかしその演奏力は拙く、ブラストビートとは呼べない程の低速な単なる連打や、スラムとは呼べない気怠いミドルパートなどが続き、退屈。

プロダクションも劣悪だが、Cubaseを用いたレコーディング写真があり、レプリカかもしれないがBC Richを使用している。バンド名は「男色愛好」を意味するが、同性愛が御法度のイスラムで果たして無事に活動出来ているのかが気になる。

・Xathrites

2005年にバグダッドで結成されたでデプレッシヴ・スイサイダル・ブラックメタル。ドラマーとベーシストが銃の事故によって死亡したとあるインタビューで述べている。メンバーの1人が2006年にカイロに移住した際に一度解散したが、残りのメンバーも翌年カイロに移住して再結成。

当初は「Satyricon」や「Emperor」、「Immortal」などの普通のブラックメタルを実演していたが、後にデプレッシヴ系に路線変更した。音源はまだリリースされていないが、ウクライナのディプレッシヴ系名門レーベル「Depressive Illusions Records」に所属している。

コンセプトはアッシリアで、このバンドもイスラム色を意図的に排除していると見られる。耽美的なピアノのメロディが切なく、味わいがある。

・番外編 Seeds of Ibliss

「女性フロントマンを含むバグダッド出身の反イスラムブラックメタル」という触れ込みで登場したが、完全に「出身地詐称」と認定されたバンド。2011年に『Jihad Against Islam』という、あり得ないタイトルのアルバムで登場し、シーンを震撼させた。

2013年には『The Black Quran』というタイトルのアルバムで追い打ちを掛け、更にはフルレンス『Anti Quran Rituals』で過激な姿勢を表す。神秘的なオリエンタル・ブラックメタルといえるスタイルで、音楽クオリティが高く、ジャケットやロゴなどヴィジュアルも洗練されていた。

しかしながらイラク出身というには、あまりにレベルの高いその音楽性や、Facebookでのまるでネイティブ並の英語の書き込み等から、次第にその正体が怪しまれ始めていった。

ついにウェブジン『Metalluminati』が厳密な検証作業を進めた結果、ノルウェーの「Vulture Lord」やドイツの「Morke」等のブラックメタルバンドのメンバー写真を勝手に流用している事など、コピペによるコラージュが次々と暴かれ始めた。結局のところ、欧米人によるオンライン上での架空バンドだったと見られている。

──さて、現状イラクで確認されているメタルバンドは以上だが、こういった政情不安で、メタル活動をおおっぴらにはしにくい国では、実際により多くのバンドが潜んでいる可能性が高い。

特にこういった国々では、基本的には欧米の有名・人気バンドのカバーバンドでありながら、ごくわずかにオリジナル曲も作って、リハーサルスタジオやカフェ、自宅などで身内だけに演奏を披露している事も多い。当然音源をリリースしたり、Facebookページを用意したりしている訳ではない。バンドとアマチュアの境界線が曖昧なのである。

イラクにも早く平和が訪れて、気兼ねなくメタル活動ができるようになって欲しいと、願うばかりである。

執筆:ハマザキカク
イラスト:Rocketnews24

▼Dark Phantom『Nation Of Dogs』。戦地で撮影されたとは思えない鮮明さ。メタラーだと誤認されないようにする為か、全員短髪

▼Erragal『Shamash』。すべてが「音響音楽」のような難解さ。こういったスタイルがイラクから出てきたのは驚異的。

▼Cyaxares『Whores Of Babylon』。音質はピカイチで演奏力もあるが、やや個性に乏しい

▼Dog Faced Corpse『Lack of comprehension Death cover』。バグダッド現地でのライブ映像は珍しい。ライブ会場とは思えない場所だが

▼Xathrites『My Last Day Story ( Depressive Black Metal )』。イラクやイスラム性を感じさせる要素は皆無。再生回数が多い。

▼Seeds Of Iblis『Behind The Horns Of Allah』。あまりにレベルが高すぎて、デッチ上げが暴露されてしまった